さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

あけましておめでとうございます。

2014年賀状



LEVEL3

竹島プロジェクトでイラストを拝借している名塚さんからちょっと融通していただいて、Perfumeのライブ「LEVEL3」に行ってきました。
Perfumeに関しては、CDとかテレビよりも圧倒的にライブで行ってナンボのアーティスト。演出もすごいのですが、あの3人での三位一体のダンスの完成度と、これを2時間半で十数曲こなすというところに(しかもぱっと見は細身の普通の女の子)凄さを感じた次第です。他にもビルで言えば5階くらいの高さはあるであろう奈落の上でハイヒールでキレキレで踊るんですから、見ている方がドキドキもんでした。


あとは歌とか踊りは別に、あ~ちゃんのお客さんを巻き込んだトークがハチャメチャで、ここの話術だけども大したもんだなーと思いました。
僕の師匠(?)のまっさんの話術は落語的だけど、あ~ちゃんのあれは明石家さんま型でも言うのかなぁ。お客さん相手に無茶ぶりしてみたり(いきなり観客全員にダンスの振付の指導をしてみたり)やりたい放題ですが、特に大阪はそういうのの「ノリ」はいいので、本人たちが一番満足していたんじゃないかと思ったりしています。


そして、京セラを満杯にするほどの人気を持ちながらも「うちらを見捨てんと、また次のライブしよるけん、きてよー」となんの衒いも無く語る、あの魅力がリピーターを呼ぶのでしょうね。
ほんとにほんとにほんとにほんとに腰が低い。

演歌歌手じゃないけれど「ポリリズム」でブレイクするまでも苦労期が伺えるようなトークもあったりして、本当にそう心から「いつまでも応援してねー」と思っているんだろう・・と感じます。


今ほどの人気はいつか翳る日は来るかも知れないけれど、芸能界からは消えないよ。絶対。行けるところまで行ってほしいよね。

LEVEL3_small




うつにまつわるエトセトラ?回目 tumblrを使っていて思ったことなど

tumblrを自分の情報収集ツールとして使い始めて、もう2~3年位なるのですが、なかなか中毒性が高いですね。
そんなことをいうのも今更なんですが、多くのリブログ職人が「身体が溶けるような感覚」ということを書いていたりするのですが、そういうのも体感としてわかります。なんと言いますか、自分の考える事なんて、圧倒的な集合知の前には自分の考える事なんて、大したことないじゃん、という大きな壁にぶち当たる感じなんですね。

これを前に乗り越えようとするか、溶け込もうとするか。
tumblrもブログサービスなので、普通にブログとして書いてしまえばいいんですが、どうしても多くの人は、自分の言いたいことを代弁している「誰か」の言説をリブログして、それでひとつ落ち着いてしまう。
僕のような本来ブログや、その昔はHTMLでタグ打ちで文章を書いたりしていたということから考えると、それまでメーカーだった会社が、輸入代行業者・セレクトショップに転身したようなもんだったりしますね。
実際、tumblrを初めて触った時の嫁さんの意見は「セレクトショップやな」なんですが、なかなか言い得て妙だなと思ったもんです。

ただブログ書きをそれまでしていた自分として非常に困ったのは、自分が何かを書こうとするとき、そのバイアスがかかっているのでは?という気持ちに襲われることです。
もっとも、いくら自分の意見なんてものを書いたところで、それまで昔やっていた新聞ネタを元にした政治ブログなんてものだって、ソースとして新聞やニュースや2ちゃんねるがあったのですから、そのソース先がtumblrになっただけじゃん、ってお話でもあるのですが、何かを書こうとするたびに、tumblrに操られている感覚になるんですよね。それってtumblrで見たじゃん?みたいな。それくらいの巨大なデータベースという感じです。

とはいうものの、それを言い出すと、何も書けないんだよなぁ(笑)結局自分の日常を綴るしかないのか?とか考えてしまったりするわけですが。

ここ最近は体調はイマイチで、先週あたりは2週間で4日しか出勤できないとか、社会人としてどうよ?状態でしたが、こういうことを考えていることも一因にありそうです。身体にいい媒体か否か?という点では、自分にとっては身体にはよくないのがtumblrというツールなんでしょうねぇ。

他にも書きたいことはありますが、時間が遅いので、今宵はここまでです。


10月になりました。。と言って、何か書くことがあるでもなく。

10月になったから、というわけでもありませんが、つらつらと書いてみます。

うちのブログというのは、昔から政治ネタだったり日々のネタだったり病気ネタだったり、写真だったり、まこと節操がないというか、一体何のためにやっているんだろうか?と思ったりもします。

ぶっちゃけ、竹島プロジェクトが無ければ続いていなかったかも知れないなーと思ってもいますが、そんなありきたりのこととは別に、たまーに発信してみたいという情報があるかも知れない!という窓口だったり、という感じですね。って何が言いたいのでしょうか。

最近の事に関して言えば、無理に何かをアウトプット以前に、この前半半年~9月中頃にかけては全くと言って良いほど何に関してもやる気も言う気も起きず、気がついたらオリンピックは決まってるわ消費税8%は決まってるわ、みたいな感じですね。
(その裏で「艦コレ」に夢中になっていたのは秘密として(笑))

でもとりあえずどういう方向に何かを書かねば、と思ったり。
8月の終わりに名古屋にふらふら電車に乗る旅行なんてものに行ったので、その時の写真でも編集しようかしら。


憲法記念日なので

せっかくの憲法記念日なので、この文章でも載せておこう。
引用元は、レトリックの香西秀信先生の「論理戦に勝つ技術」から

断言しても良い、現行憲法が国民の上に定着する時代など永遠に来る筈はありません。第一に、「護憲派」を自称する人達が、現行憲法を信用してをらず、事実、守ってさへもゐない。大江(健三郎)氏は憶えてゐるでせう、座談会で私が、「あなたの護憲は第九条の完全武装蜂起だけでなく、憲法全体を擁護したいのか」と訊ねた時、氏は「然り」と答へた、続けて私が「では、あなたは天皇をあなた方の象徴と考へるか、さういふ風に行動するか」と反問したら、一寸考へ込んでから、「さうは考へられない」と答えた。記録ではその部分が抜けてをりますが、私はさう記憶してをります。或は氏が黙して答へなかつたので、それを否の意思表示と受け取つたのか、いづれにせよ改めて問ひ直しても恐らく氏の良心は否と答へるに違ひない。が、それでは言葉の真の意味における護憲にはなりません。

(福田恆存「当用憲法論」)



福田先生はもうすでに見切っておられたわけですね。護憲派というか、9条教というのが正しいですわね。


read me!

唐突にですが、学生の頃からご多分に漏れず英語が苦手で、今でも得意という気持ちはありません。
しかし、言葉はあくまで意思伝達のツールである、という考えから、英語圏の人と話をするのは身振り手振りのいい加減の英語でもコミュケーションを取るのはむしろ好きだったりします。
仕事でもいわゆる技術英語を用いるわけですが、コンピュータの世界はむしろ直訳で英語がそのまま業界用語的になっているので、そこはそんなに困らなかったりするわけです。

まぁそれは枕として。

最近は娘が家にいる間に教育テレビなんかを見る機会が多くて「おさるのジョージ」と「ひつじのショーン」という作品を視ていました。
どちらも海外作品で、セリフなどは日本語訳がしてあったりするのは英語の知識はいらないのですが(特に「ひつじのショーン」はクレイアニメで、いわゆる擬音でセリフを表現するというアニメなので、日本語すら出てこない)
この2つを比べて見ていると興味深い。

ぶっちゃけたところ自分の気持ちを書いてしまうと「おさるのジョージ」に出てくるのは主人公のおさるのジョージのほか、周りの人間のあまりのアホっぷりに、むしろイライラ感すら覚えてくるのですが「ひつじのショーン」はひつじでありながら実に人間的に振舞ったり、主役のショーン以外にも(数少ない人間である)牧場主とか、牧羊犬のピッツァーがあるときは主人に尻尾を振って羊を追い回すかとおもいきや、牧場主がいないときはショーンとつるんでサボってたりなど、こういう人間臭さが実に面白かったするんですね。

この両者の作品を考えると「おさるのジョージ」はあくまで幼児向けの教育、「ひつじのショーン」は大人でも楽しめるユーモアを含んでいることがわかってきたのですが、前者はアメリカの作品、後者はイギリスの作品なんですね。

これは僕の偏見なんですが、イギリス人ってのは、どうしても作品なりに、毒ではないにしてもスパイスを混ぜないと気がすまないといけない人種なのかなぁ・・・と思ってしまいます。実際「ひつじのショーン」に関しては、常に主人公めでたしめでたしにならず、ドラえもんで言えばのび太が秘密道具を悪用して自業自得に陥るオチがたまにありますが、そんなエピソードも出てきます。「おさるのジョージ」では見られないですね。

どうも私のなかではそんなイメージがあります。英国人という人種に対して。偏見なのかなぁ。

話は再び飛んで、自分の学生時代のお話になります。
学生時代から浪人時代、暇つぶしにナブコフの「ロリータ」を読んでロリコンに目覚めた私ですが(ぉぃ 英語の勉強も兼ねて「ふしぎの国のアリス(Alice's Adventure in Wonderland)」を英語版・日本語版の両方を買って翻訳の勉強をしていました。
確かに「不思議の国のアリス」は、ルイス・キャロルことドジスンさんが当時5歳くらいの姪っ子向けに書いた作品なので、難しい単語は出てこず、文法的には難しいことはないので、単に目の前の文章を直訳するだけなら特別難しいということはないのです。
ただこれは英語や数学の知識の基礎ができていないと、作品としての面白さがまったくわからない(笑)

それは当たり前ですね。いわゆる言葉遊びが作品の面白さを支える重要なポイントなので、例えば一つの言い回しが文脈によっていろんな意味を持つとか、そういうところは大学受験生ごときでは難しかった記憶があり、ようする訳せるけれど意味がわからない状態になってしまうんですね。
例えるなら、谷川俊太郎さんの児童向けの有名な詩「いるか」

 いるかいるか      いるかいないか
 いないかいるか     いないかいるか
 いないいないいるか   いるいるいるか
 いつならいるか     いっぱいいるか
 よるならいるか     ねているいるか
 またきてみるか     ゆめみているか

を英訳してどう面白いのか?というのを考えるとわかりやすいかもしれません。

そして、こういう時に関しては、自分が英語の成績があんまり良くないというのは損をしているかもしれないなーと思う瞬間であったりします。

その究極のところが、僕が大好きなSPAMネタを扱ったモンティ・パイソンのネタですね。
ランチョンミートの「SPAM」のCMがくどいというのをパロディにしたモンティ・パイソンのスケッチですが、転じてインターネット上で鬱陶しいメール「SPAMメール」の語源になったのは多くの方が周知の通り。


さてこのネタは単にしつこく連発SPAMという単語といきなり歌い出すバイキングたちの奇行だけでも、言葉の意味がわからなくても楽しめるのですが、この「SPAM」という単語が「スパム」ではなくて「スパーム」と長く発音しているのがこのスケッチの裏の楽しみ方で、スパームと発音すると「speam」という意味になり、この単語を踏まえて同じスケッチを見ると「Lovely speam!!」だの「腸につめるのがどうのこうの」だの「スカンジナビア半島の先端からバイキングが・・」とかトンデモな内容になってしまうというのがわかります。

正直なところ、これのこの面白さがわかったときはショックでした。「英語まじめにやれば良かった!」(笑)

モンティ・パイソンのメンバーのエリック・アイドルなんて人は、言葉遊びの天才(のハズ)なので、このあたりの英語のヒアリングが出来る人が聴くと、たくさん面白いネタがいっぱい隠れているんだろうなぁと思うとくやしさを感じることを思います。

ま、それだけなんですけどねっ!

ちなみにタイトルの「readme.txt」は、フリーソフトなどでお約束としてマニュアルの役割を果たすテキストファイルによく付けられる定番のファイル名ですが、わかりやすくいいですね。これははるか昔、パソコンのファイル名が(拡張子抜きで)半角8文字時代の名残だと思いますが、直訳すれば「私を読んで」ですから、まぁ意図を伝えるにはよくできたファイル名だと思います。

この「readme.txt」」の元ネタですが、これは「不思議の国のアリス」の「drink me!」を元にしたのかなぁ・・というのが私の推測ですが、PC業界には、この手の「英語文化圏での教養」ってのが試される時がありますね。。学問としての英語は別にして、教養としての英語は理解できるレベルにしておきたかった。まさにトホホです。


「幼年期の終わり」読みました。

冷戦の時代、今まさに人類が宇宙に飛び立たんとするそのとき「オーバーロード」と呼ばれる宇宙からの生命体によって、地球は「観察」を始められることになる・・・。
個人的にSFも翻訳物も苦手なので普段なら読む機会がなかったであろう本ですが、何かのレビューで気になって読み始めました。

SFは確かにSFなんですが、地球に対して特に目立って何をするでもなく、たまに干渉をする。果たしてオーバーロードの目的は何か?SFというよりも謎解きの気分で読みました。
人類よりもはるかに長い世代を生きるオーバーロードたちが地球に対して人類に対して期待したこと、そして得たこと、そして最期に残された一人の人物が見た最期の瞬間。そしてまた人類を支配していたかに見えるオーバーロードの苦悶。サイエンス・フィクションの枠を超えて、非常に哲学的な内容を含んでいるところに、作者の知識の深さを感じます。

随所に見せる、地球人が宇宙への旅立ちを諦めさせられた後と、「様々な政治形態から解放された」後に見せる余興というのが気になりますね。半世紀前に書かれた小説の割に、読んでいてあんまり違和感がないところがかえって気持ち悪いですね。どこかにオーバーロードはいるのかも。

オーバーロードについては、一体何を考えて、なんのために活動しているのか?という謎は残るのですが、ここは読者が自由に想像できる方が、面白いと思います。





竹島プロジェクト2013

2006年以来参加中の「竹島プロジェクト」ですが、2013年も呼びかけだけはやります(笑)

政治の右や左の細かいことは関係ありません。竹島は間違いなく、日本の領土だ!
この一点において、またその心意気に賛同いただける方々で、ブログを使い、この認識を広めていただける方に参加いただきたいと思っています。

普段政治系のネタをやっているとかやっていないとか、関係ありません。
むしろ普段政治ネタをやっていないブログの皆様が参加してこそ、運動が広がる契機になります。
ぜひよろしくお願いします。

ブログ参加概要(推奨):
ブログやホームページに竹島の画像、イラスト、文字等を配置し、互いにリンクする。
島根県Web竹島問題研究所へのリンクをはり、2/22竹島の日のアピールに勤めます。

以下私見
ここのプロジェクトの影響ってわけではないと思いますが、最近はtwitterなどでも、いわゆるネトウヨと嘲笑されるような発言をたくさん見てきました。twitterのアイコンに日の丸系とでも言ったら良いんでしょうか。私自身は、この手合いが増えていることは手放しで喜ぶ気分には慣れません。概ね主張する内容は極論の方が多いです。
私自身は右・左に関しては、今の基準で言えば右、緩い保守派とでも言えるのかも知れませんが、思想が自分と違えども話が出来る人ならいいのですが、右であろうが左であろうが、極論しか述べないのは自分にはついて行けないなーと思うことしきりです。自分の政治ネタブログを始めて10年近くなりますが、極端な人は右も左も同根同質という印象です。

これを以て日和ってると思われるならご自由に、なんですが、私の昔からの主張は、冒頭にあるように右や左の細かいことは関係なく竹島の日を広めよう、それは政治イデオロギーの問題じゃなくて、領土に対する意識問題だという気持ちも入っています。(実は竹島は日本のもの、という主張は、保守の真逆にあるであろう日本共産党が一貫して主張していたりするんですよね。)

もう一つ余談
昨年は仕事というか自分のスキルの関係でRubyの協議会のイベントというものに参加して参りました。
Rubyと言えばMatzことまつもとゆきひろさん(ビジネス話が多い中で技術的なお話をちょこっとさせてもらえたのがミーハー的に嬉しかったり)が島根見出身の方ということで、Rubyのイベントには島根の方も結構来られるのですが、その方から「最近は若い人が竹島の日とかで22日になると東京のにほんばし島根館でイベントをやってる有志の方がいるんですが・・」みたいなことを聞いたのですが、うーん、ちょっとはこのプロジェクトが貢献しているのかしら?と内心思いながら話を聞いてました。いや、無関係だと思うんですけれどw

余計なことを書いてしまいましたが、今年も、2/22まで、ぜひよろしくお願いします。

期間:
2月22日 竹島の日まで。

みなさまよろしくお願いします。


誰が作ろうがどういう経緯があろうが、ダメな物はダメ!と・・

橋下市長、島倉千代子さんの曲を「変な音楽」 庁内放送使用中止

 庁内放送に使われていたこのメロディを橋下市長が“問題視”する指摘をしたのは昨年12月30日。自らのツイッター上で「(市役所は)サービス業であることの意識を来年から徹底していきます」と宣言した上で、「今、大阪市役所は、お昼になると変な音楽が庁舎内に流れます。それを止めて、来年から組織のスローガンを流していきます」と書き込んでいた。

 橋下市長は、この曲が、島倉さんが大阪市に無償協力してつくられた曲だった経緯などは、知らなかった様子。島倉さんの曲を「変な曲」と批判してしまったことに後から気付いたようで、その後の定例会見では、「『変な』は撤回します」と陳謝した。



こう言っちゃなんだけどね、あの歌が変な歌かどうかは主観の問題だからどうでもいいと思うんだ。
ただね、一度『変な歌』って言ったモノを「いろんな経緯があって」「島倉千代子が」「無償で」って枕詞がついた途端に「『変な』は撤回します」って日和る辺りがダメなんだわ。

だって、音楽みたいなセンスのものなら、どんな経緯があろうと誰が作ろうと無償で善意で作られようと、ダメなものはダメとどこぞのブログの名前みたいにスパッと切れば格好いいと思うのに、そういう点で、なんか権威に弱そうだったり、言うだけ言ってみたりという意味で、為政者としてダメな気がするんですよ。(これまた直観でしかないのですが)

ちなみに元大阪市民の僕は、あの若干くらい気分に落ち込む、あのメロディーは結構好きな曲です。確かにゴミ収集車について来るのを聞くと、なんかマイナー調に聞こえて、ちょっと鬱っぽくはなるんですけどねぇ(笑)


あけましておめでとうございます

おくればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


年始なので色々書いてみますが、昨年末はブログを更新しようと思いながら、仕事で疲れていたり(多忙というわけではなくて精神的にだったり)薬を服用しているせいか、時間になるときちんと眠くなっていたり、難しいことを考える時間というのがあんまり持てなかったような、そんな気がしています。
それとは別に、私的なお話ですが、我が家にも娘が昨年生まれたこともありまして、それの世話も多く、必然としてブログを含めインプット・アウトプットは少なくなってしまうという感じでした。
代わりといってはなんですが、仕事の休憩時間などでつらつらとtumblrの方で、軽いコラムを読む感じで読んで気に入ったらreblogなんてのをやっていますので、もしこちらのブログをチェックいただいているという方がございましたら、tumblr部屋の方は頻繁に読み物を拾ってきてはご紹介しておりますので、そちらもご愛顧いただければと思う次第です。

今年は仕事も家のこともまた一段忙しくなる一年だと思っていますが、こちらの方も時間があれば更新したいところです(でも家のことで一杯なので、あんまり哲学だの政治ネタだの、そういう知に遊ぶ時間がないのですが・・)

どうぞよろしくお願いします。


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佐倉純

Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなプログラマ。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
時々子供のネタなんかも。

ぜひゆっくりご覧ください。


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