さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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twitterとの連携と、instagramとの連携

枯れ木も山の賑わい、ではないですが、twitterとinstagramとの連携をやってみます。
twitterの方は毎日のつぶやきのログ出力、
instagramの方は、普通に投稿との連動ですね。

とりあえずテストしてみるか


週末の模型日記・カニ24 112っぽい何かを作ってました。

最近は週末に鉄道模型の工作なんかやってます。
今回は既製品のカニ24の改良でした。

寝台列車の電源車に使われているもので、実車の中に、カニ24 112という一つしか存在しない珍車がありまして。
貫通窓が塞がれて全体的にのっぺりしたデザインになったりして、まぁ改造ネタにもってこいな車両です。

ちなみに1度だけ過去にメーカーから製品化されていますが、プレ値で5,000円くらいが相場だったりして、それを、汎用品の800円の車両から作り出そうという遊びですw
なんとなーくドアがうまく塞がっていればいいかなぁ。。。くらいで、もっと細かくルーバーのデザインだったり、雨樋が変化してたり、ツッコミポイントはあるんですが。。。

種車は中古のジャンク品で、800円で簡単に見つかるので、また気が向いたら、今度はルーバーなどのデザインも考えてパート2を作るかもしれません。。。12120124.jpg
12120129.jpg



久しぶりに更新など

なんか長いこと更新ほったらかしてすみません、って感じです。
まぁ、書くことがないような、普段の生活がかなり荒んでいたというのが、正直なところかもしれません。
(単にFC2のログインの仕方を忘れていたという説も・・w)

また、政治ネタは、どうしても、最近だとtwitterで済ませてしまうことが多いので、
あんまりブログという場所は、使いにくくなってきているのかもしれませんね。

ここでは、もう少し、じっくり話したい話だったり、twitterで書くだけだと、言葉数がすくなくて誤解を産んでしまいそうな、
そんな話について、書ければいいかなぁと思ったりしています。

まぁネタ自体はちゃんと追いかけているのですが。モルゲッソヨとかw

とりあえず、今は生活が少し安定していないので、今少し、もう少し、というところです。


竹島プロジェクト2016

遅くなりましたけども、今年も一参加者で参加します。
いつもトラックバックなど送っていただいている方々は「ぼやきくっくり」さんの本記事の方へお願いします。

長年旗振りをしていた身として、私の考えは下の通りです。

政治の右や左の細かいことは関係ありません。竹島は間違いなく、日本の領土だ!
この一点において、またその心意気に賛同いただける方々で、ブログを使い、この認識を広めていただける方に参加いただきたいと思っています。

普段政治系のネタをやっているとかやっていないとか、関係ありません。
むしろ普段政治ネタをやっていないブログの皆様が参加してこそ、運動が広がる契機になります。
ぜひよろしくお願いします。

・以下私見(去年と文面はほぼ同じです)
ここのプロジェクトの影響ってわけではないと思いますが、最近はtwitterなどでも、いわゆるネトウヨと嘲笑されるような発言をたくさん見てきました。twitterのアイコンに日の丸系とでも言ったら良いんでしょうか。私自身は、この手合いが増えていることは手放しで喜ぶ気分には慣れません。概ね主張する内容は極論の方が多いです。
私自身は右・左に関しては、今の基準で言えば右、緩い保守派とでも言えるのかも知れませんが、思想が自分と違えども話が出来る人ならいいのですが、右であろうが左であろうが、極論しか述べないのは自分にはついて行けないなーと思うことしきりです。在特会だろうがしばき隊だろうが、極端な人は右も左も同根同質という印象です。

これを以て日和ってると思われるならご自由に、なんですが、私の昔からの主張は、冒頭にあるように右や左の細かいことは関係なく竹島の日を広めよう、それは政治イデオロギーの問題じゃなくて、領土に対する意識問題だという気持ちも入っています。(実は竹島は日本のもの、という主張は、保守の真逆にあるであろう日本共産党が一貫して主張していたりするんですよね。)

余計なことを書いてしまいましたが、今年も、2/22まで、ぜひよろしくお願いします。

みなさまよろしくお願いします。


竹島プロジェクト2015

今年は一参加者で参加します。
いつもトラックバックなど送っていただいている方々は「ぼやきくっくり」さんの本記事の方へお願いします。

長年旗振りをしていた身として、私の考えは下の通りです。

政治の右や左の細かいことは関係ありません。竹島は間違いなく、日本の領土だ!
この一点において、またその心意気に賛同いただける方々で、ブログを使い、この認識を広めていただける方に参加いただきたいと思っています。

普段政治系のネタをやっているとかやっていないとか、関係ありません。
むしろ普段政治ネタをやっていないブログの皆様が参加してこそ、運動が広がる契機になります。
ぜひよろしくお願いします。

・以下私見(去年と文面はほぼ同じです)
ここのプロジェクトの影響ってわけではないと思いますが、最近はtwitterなどでも、いわゆるネトウヨと嘲笑されるような発言をたくさん見てきました。twitterのアイコンに日の丸系とでも言ったら良いんでしょうか。私自身は、この手合いが増えていることは手放しで喜ぶ気分には慣れません。概ね主張する内容は極論の方が多いです。
私自身は右・左に関しては、今の基準で言えば右、緩い保守派とでも言えるのかも知れませんが、思想が自分と違えども話が出来る人ならいいのですが、右であろうが左であろうが、極論しか述べないのは自分にはついて行けないなーと思うことしきりです。在特会だろうがしばき隊だろうが、極端な人は右も左も同根同質という印象です。

これを以て日和ってると思われるならご自由に、なんですが、私の昔からの主張は、冒頭にあるように右や左の細かいことは関係なく竹島の日を広めよう、それは政治イデオロギーの問題じゃなくて、領土に対する意識問題だという気持ちも入っています。(実は竹島は日本のもの、という主張は、保守の真逆にあるであろう日本共産党が一貫して主張していたりするんですよね。)

余計なことを書いてしまいましたが、今年も、2/22まで、ぜひよろしくお願いします。

みなさまよろしくお願いします。


飲み会でした

職場の飲み会でしたので、今日のつらつら語りはお休みします。

ただ職場の飲み会なのに、まさかまさかの岡田あーみんネタで盛り上がるとは思っていませんでした。
えらい金鉱を掘り当ててしまったぞこれは。

あと、職場で「ガラスの仮面の会」なるものに参加させられそうです。。。ひいぃ。


鷲田小彌太さんの「自分で考える技術」を読み中です

長らく更新をさぼっておりますが、なんとか生きております・・。

本屋で通りすがりで手にとってみた、鷲田小彌太さんの「自分で考える技術」を読んだりやめたりしながら読み中です。



平易で読みやすい文章で、すごぉく奥深いことを語っているような、表面的なようで、それでいて簡単そうに見えてやり続けることが難しい・・うーん、不思議な文体です。

ちなみに私は恥ずかしながら、鷲田さんの著書を読んだことがなく、知の縦横家とでも言うべき多彩な活動をしているこの人についてほとんど知らなかったので、まだまだ知らないことがたくさんあるなぁ・・と思った次第です。
いや恥ずかしい。

考えるということは「技術」であり、「技術」は再現できることである。
そこを超えたところは「芸術」の域に達する。

凡人の身として考えるのは「技術」の修練ですよね。

ただ、仮に「芸術」の域を目指すにしても、「技術」をないがしろにしてはいけない。否、技術の延長に芸術があるという感じもします。(まぁ、当たり前な話なんですが)

まだ読み中ですが、読了前に、鷲田小彌太さんという人物が面白く感じた本です。


「若者殺しの時代」読書メモ

先に取り上げた、赤木智弘氏の「若者を見殺しにする国」の中でも、再三再四紹介される、堀井憲一郎氏の著作。この書を下書きに、赤木氏の作品は書かれてように感じるくらいに、本作は実に面白い作品、という風に感じました。



作者の堀井氏は、調べて見たところ、1958年生まれ。私のような1975年生まれから見ると、17歳差で、0.5世代くらい上の感覚という風なところでしょうか。(赤木智弘氏は1975年生まれ。誕生日まで考慮すると、私の1ヶ月後くらいの生まれのようです)
ここで、堀井氏の作品と、赤木氏の作品を読む上で「属する世代」というのは、とても重要な要素になります。
堀井氏の著作の中で出てくる「若者」という世代は一体いつの世代を指しているのか?とても重要な要素なのですね。

本書では、堀井氏自身が「若者」だった世代について、すなわち、1980年代を中心に回顧をする、という形式で、当世代に起きたこと、そして起きていて気づかなかったこと、さらに、それがどういう影響をもたらしたか、ということを、ぼんやりと書いて行く、という体裁で述べられていきます。

なので、私と同じ世代や、それより上の世代は「あー、そんなこともあったなー」という感じで読むことができます。

たとえば。

クリスマスを恋人と過ごす習慣が根付いたり。
「一杯のかけそば」なんていうお話があったり。
年越しはディズニーランドで過ごすようになっていたり。
宮崎勤事件が起きていたり。
ポケベルから携帯電話になっていったり。

そういう80~90年代に発生した「事象」についてぼんやりと振り返りながら、一方では丁寧に当時の資料等を検証しながら「あの時代、流れとして振り返ったら、一体何が起きていたのか?」を解き明かすという仕組みになっています。

なので、それより若い世代の人が読むと「??」になってしまうことがあるかも知れません。
私も80~90年代と言えば、5才~24才に相当する年齢なので、90年代はまだしも、80年代の「若者」というのはいささか自分よりも年上の世代という感覚です。

80~90年代というのは、景気が最盛期にあって、あらゆるものがパッケージ化され「大人」が「若者」を消費の対象として取り込み始めた時代、という風に、本書では定義されています。クリスマスは恋人と二人でホテルで過ごそう!なんて象徴的ですね。私も高校生だかの頃に読んだ本で、クリスマスのホテルの予約は2年先だか3年先だかまで予約で埋まっている、なんて話があって「いやはや大人になるのは大変やなー」と思ったのを覚えています。
(もっとも自分たちが「若者」と呼ばれる世代には、バブルが崩壊した後だったので、そんなのはネタになってしまうわけなんですが・・)

表題となっている「若者殺しの時代」で「若者」とはどういう扱いをうけ、どう処理される仕組みが作られていったのか?そういったことが平行して紹介される、と言う形です。

肩肘張らずにニヤニヤしながら読めて、かつ、今置かれている状況がどういう状況なのか?を確認する意味でも面白いです。
「若者の~離れ」ってのは、この本を読めば、そりゃ離れるよな、という気分になりますね。


「若者を見殺しにする国」読書メモ

赤木智弘氏の「若者を見殺しにする国」読了&メモなど。


こう言ってなんですけれど、言っていることは当を得ている上に、それなりにうなづくこともあるにも関わらず、この著者にあまりシンパシーを感じないのは、なんなんだろう・・というか(笑)

著者は論座誌上に「希望は、戦争」と名付けられた論文を掲載し、いわゆる左系の文化人達を(比喩的な意味で)頬をはたき回ったという、なかなか楽しい人です。
「若い貧困層が、左翼に期待しない(いわゆる「右傾化」に走る)のは何故か?」というのは、困ったことに、この程度の文章を書く人に簡単に論破されてしまうような内容だったりするんですね。左系の人がどんな論陣を張ったところで、こんな言い方をしたら失礼ですが、赤木氏一人の雇用口さえ提示できない。こんな単純なことで、現実を見ずに理想を振りかざす左翼の欺瞞を指摘しています。

じゃぁ、右翼がいいのか?というと、そういう立場にも赤木氏は立たず、やれ右だ左だの論争とは違う方向に向かおうとするのですが・・。

まぁ、言わんとすることはわからないでもないというか、男女平等っていうのなら、主夫の地位向上を!というのは、それなりに正しい部分はあると思います。私自身もその考えがわからないのでもないと言いますか、さまよえるプログラマもどきとしては、個人的には、定職があってなきがごとき状態なので、ヒモとまで言わないにしても、主夫に近い状態になるかも知れんなぁ・・と感じたりもするもので(苦笑)

でもなんというか、私は別にキリスト教徒ではありませんが「神は自らを助くるものを助く」ではありませんが、どうもそういう風な意識が伝わってこず、氏については「本人が仕事をできないのは、仕事を任せたいと思われない何かがあるのでは?」という意地悪な事を考えてしまいます。
本書が書かれたのが2007年頃なので、その頃から比べると、著者はそれなりの論客として活動されているようなので(邪推すれば格差社会のロスジェネ代表みたいなポジションは確保できている様子なので)それなりに需要はあるところで、活動できているだなぁ・・と思うので、まぁ仕事はそれなりにあるんだ、なんて思ったりもします。

ただこの本の困ったところは、そういう著者についてシンパシーはあんまり感じないのですが、言っている内容は鋭いところをついていたりもします。
たとえば、大人が作った「若者」像に当てはめられて、ロスジェネ以降の世代はその型に嵌められて苦しんでいる、と言うところは、大体当たっているんじゃないか?と思います。

もっとも「大人の立場」で言えば、そんな型は勝手に作られたものなんだから破ればいいじゃない?という話なのかも知れませんが、実際のところ、型を破るのに挑んで失敗したら、本当に人生そのものが危ういという立場を間近に感じて居るのと、安易に煽るのとでは、違う立場にあるというのを考えながら「大人の立場」では読まないといけないかも知れません。

うーん、なんていうか、まとまりのない文章で恐縮です。


「艦これ」ではないけれど・・聯合艦隊に魅入られたひとりとして、取り上げずにはおれませんでした。

ふらふらっと本屋で立ち読みで「聯合艦隊軍艦銘銘伝」という書物を買いました。


昨今は某艦これのお陰か、軍艦モノに関する書物が割合目をひくようになっていて、艦これ以前から、小学生の頃は戦艦・金剛のプラモを作って従兄弟と遊んだり、パソコンを手に入れてからは光栄の「提督の決断」で愛好している、なんちゃって帝国海軍好きとしては、資料探しに苦労しないなぁと思うことが多くなりました。
もっとも、艦これの影響は、悪い方向にも働いているのか、粗悪な本も増えたような気もしないでもないのですが・・。

そんななかで、この本は600ページ及ぶ、厚さ3センチ程もある、まさしく「銘銘伝」。帝国海軍の軍艦が人物なら、まさしく人名辞典の決定版とでも言うべき名著と言えましょう。
元々は、この手の方面ではガチな雑誌で有名な「丸」誌の連載をまとめたものらしく、その中で紹介されている艦船の数は圧巻の自称860。聯合艦隊といいながら、ちゃっかり自衛隊の船舶についても紹介されていたり、連合艦隊では不遇に終わった「陸奥」についても、のちに原子力船の「むつ」として名前が使われていることなども紹介されています。
(自衛隊の艦ということでは、例えば漁船転覆事故で有名になってしまった潜水艦「なだしお」なども載っていますが、本稿執筆が古いためか、事故については触れられていません)
860とまで行かなくても、その半分の400でも、例のゲームで実装されたら・・・どうなることやら(汗)

この書籍の大本の著者は片桐大自氏(1927~1991)。1927年は昭和2年の生まれで、当然のように戦中を生き抜いた方で、本人は日本の軍艦設計の第一人者・平賀譲(戦艦大和を初め、多くの巡洋艦・駆逐艦の設計に携わった造船技師の第一人者)に憧れ、学生時代に工廠で仕事をしながら造船技師を目指すも、成人するころに終戦。造船の夢を諦めた後は、日本の国語教育に携わった傍ら、膨大な海軍の艦船の資料の整理を行ったという人物です。
本業の国語教育(国語教科書の作成)でも実績を残した人物ですが、むしろこの「聯合艦隊軍艦銘銘伝」で評価される日がいずれくるかも知れません。

さて、今回この本を多くの文章を書いたのは、軍艦への愛情の深さに加えて、さすが国語教科書を作ったという経歴が示す通りの片桐氏の文章の美しさ。これに尽きます。

日本の軍艦の名前は、大雑把に
・戦艦=旧国名(大和・武蔵..etc)もしくは山岳名(金剛・比叡..etc)
・巡洋艦=山岳名(重巡の場合。愛宕・高雄..etc)もしくは河川名(軽巡の場合。五十鈴・長良..etc)
・駆逐艦=気象など自然現象(吹雪・白雪・初雪..etc)
となっていますが、その名称に美しさについて氏は「詩情を感じる」と述べておられます。私もこれには同意です。
(欧米などは今でも艦船名に人名を使うことが多いですが、ださいなーと思いますもの。ちなみに日本の帝国海軍が人名を採用しなかったのは、明治天皇ご意向らしい)
これに関しては、本書を立ち読みでもいいので目を通していただきたい!と思うのです。

帝国海軍と言えば大和と言う人も多いですが、通?としては長門が好きなので、長門の紹介をしているこの片桐氏の文章は心を静かに打ちます。
以下引用。

長門(ながと)
 長門は現在の山口県北西部、長洲の名でよばれることが多く、薩摩とともに明治維新の志士を輩出した。
(中略)
 昭和二十年七月十八日、横須賀の小海岸壁で米高速機動部隊約三〇〇機の空襲を受け、被弾二発、艦長・副長が戦死した。しかし、艦隊は中破程度で終戦を迎えた。
 終戦時に生き残った唯一の戦艦であり、開戦時の聯合艦隊旗艦だけが最後に残ったことは感無量である。
 だが、敗戦の現実は冷厳であった。
「長門」は戦利艦として連合軍に接収され、アメリカ海軍に引き渡された。そして翌二十一年七月二十五日、ビキニ環礁における原爆実験に供せられたのである。それは、アメリカが帝国海軍そのものに課した処断を象徴するかのようであった。
「長門」の最期を飾るせめてもの慰めは、同じ実験に供せられたアメリカの戦艦「アーカンソー」は轟沈、空母「サラトガ」も瞬時にして大破したのに対し、四日間も浮き続け、日本の造艦技術の優秀さを身をもって示したことである。
 しかし、五日間(七月二十九日)の朝、「長門」は忽然として姿を消していた。巨像がその臨終の姿を何びとにも見せないのにも似た、雄艦の臨終であった……。
 願わくばその悲痛な最期が、二十一年前に同じく実弾標的として土佐沖に沈んだ僚艦「土佐」について言われたごとく「『長門』の寂滅こそ世界平和を意味するもの」であってほしい。その在世時の栄光のゆえに……。



艦これが流行っているのは、そういう潜在層もあったというのもあるのでしょうが(開発者の方も相当なミリオタらしいので)なんとなく儚げな印象が、いつまでも連合艦隊に付き纏うんですよね。


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佐倉純

Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなプログラマ。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
時々子供のネタなんかも。

ぜひゆっくりご覧ください。


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