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さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

思うだけなら罪にはならぬ

京アニの事件とか、見ていると大変ですね。
自分はさほどアニメには思い入れはないのですが、それでも、この事故が例えば鉄道の資料館だったりとか、そういうのを想像すると、悲痛にくれる人たちが多いのは、理解できます。
twitterのタイムラインを見ても、多くの人がそのことについて触れていて、自分としては若干食傷気味なところがあるのですが。

ところで、面倒なことに、3年前に発生した相模原事件を引き合いに奇妙なことを言いだす人がいてまして。

・京アニの被害で遺憾だの言って奴は、相模原事件でも同じような対応してたのか?

というような趣旨だったと思います。
それについての反論もみかけて

・自分にとって思い入れの深さが違う。等価ではない。

というもの。

うーん、そりゃぁ同じ人が一人亡くなったとしても、その人の付き合いによって、個人が受ける価値は違うでしょう。
だったら同じ切り返しで、日頃、障害者に接しているボランティアで、アニメに全く興味のない人からすると、京アニの事件なんて、大した事件ではない、という意見を表明したとしたら、先の反論をした人たちはどう答えるのか。

明確にこれはだめかなぁ、と思ったのは

・京アニの人たちはたくさん優れた作品を後世にのこした。相模原の人たちはそんな社会貢献してたのか?

というものですが、これは論外でしょう。

正直なところ、確かに33人(今の治療中の方もいて、増えるかも)という貴重な働き手が亡くなったというのは確かです。
そして、その人達と自分との距離で、悲しみの感じ方が違うというのも、事実でしょう。人間の心なんてそういうものなんですから。

でも自分たちの思い入れが強いあまりに、そういう生産性であったり、業績で人の価値の重さを測るのは、明らかに危険な兆候じゃないかな。

自分にとってとても大事な人がいて被害にあってしまった。その一点だけ主張すればいいのに(障害者に比べて社会貢献度が違うから、辛さが違う)なんてのは、腹に思っていても、口に出すべきじゃない。思うだけなら罪にはならない、典型だと感じました。


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Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなプログラマ。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
時々子供のネタなんかも。

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