さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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おきてがみ

「読んでない本について堂々と語る方法」レビューです。

ブクレコという読書好きがレビューをしあうってフォローをする、というツイッターのようなサービスをやっているのですが、そこでレビューを書いていますので、もしよろしければ、フォローなどよろしくです。

というわけ?で。

http://www.bookreco.jp/my/reviews/detail/31959
と言う本のレビューを書きました。


読んでいない本について堂々と語る方法読んでいない本について堂々と語る方法
(2008/11/27)
ピエール・バイヤール

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タイトルは結構おちょくった感じにも感じますが、実態はそんなにふざけた内容ではなくて、かなり真面目な本です。
著者のピエール・バイヤール氏は大学で文学を教える教授なんですが、なにせ本人が「読書嫌い」という、じゃぁなんでそんな仕事を選んだんだよ!とツッコミたくなるんですがともかく、仕事から読んでない本についても語るっていうか、本職だとしても世界に全部ある本なんて読めるわけないじゃん!的な開き直りから、如何に「本を読まずに本を語る」ということを詭弁くさい文章を交えながら話を進めていきます。

そんななかで、読書という行為について、読書を通じて考えるというメタなことを考えます。

まずもって「そもそも読書という行為が高尚と言えるのか?」
なるほど、考えて見れば、このタイトルの書を手に取る人を想定して考えると、どきっとする質問です。
読書を高尚と考え、かつ、たくさん本を読んでいると見られることがプラス評価になると考える人が、思わず手に取りたくなるタイトルですものね。かなり鋭い質問です。

こういった切り口から、読書という行為についてメタに考えることができる。一つの本を選ぶということは、同じ時間別の読む機会のあった本を捨てることになるわけで、読書をすることは、同じだけ読めない本も増えるという二律背反した内容から、読んだけど内容を吟味出来ていない本もあれば、読んでいないけれど内容は知っている本だと、どちらが「読んだ」ことになるのか?などなど、フランス人らしい(←偏見)ネチネチネチネチした質問がダラダラと続くのですが、読書が好きな人は、やはり色々考えます。

・・・とここまで書いたところで、僕は実は半分ほど読んでいなかったりしますが、この本のレビューそのものについて「読んでない本について堂々と語る手法」が適用されているのではないか?と思うくらいに、面白そうなレビューが並んでいるので、どんどん疑心暗鬼に陥ると同時に、本は最後まで読めなくてもいいや、とか、読まない本があってそれについて語っても、嘘ではないわな、とか、ともかく色々考えさせられる本でありました。

おきてがみ

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日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
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