さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ番外編 ~うつと「岡田斗司夫ひとり夜話」~ その3

ちょっと間が開きましたが、続きです。

ひとり夜話vol.4の話の続編になるんですが、vol.4は結構為になった話が多かったように思います。

ノート術のヒントになるレコーディングダイエットの話でも、為になることがありました。

レコーディングダイエットの極意も「成功を目指すのではなく、失敗を回避する」というところに力点が置かれています。「これだけ食べるのを我慢した」という我慢の発想から「これだけ食べてしまうという失敗を犯さずに済んだ」という逆転の発想です。
うつの治療も基本の考え方は、失敗したことの反省よりもやれたことの評価なので「やれなかった、ああどうしよう」よりも「これだけやれた」の発想でいく。これが大切になるんでしょうね。

失敗した場合も、ハードルを下げて「プチ成功体験」の積み重ねで、長い目で気づいたら成功していた。

このスタンスは、レコーディングダイエットもそうですし、ノート術もそうですし、応用すればうつからの復帰も同じです。うつからの復帰もだいたい同じ事を言われます。(前回も書いたことですが、うつになる人の傾向として、完璧主義なところがあるので、裏返せば、ハードルの高さを設定せずに挑んで失敗して自滅、という人たちに「ハードルを下げましょうよ」というアドバイスをするのと同じなんですよね)

ノート術についても、継続して「やるんだ」という意志を持ち続けていれば、失敗する可能性の低い、いい方法だと思います。「ひとり夜話」の中でも、いきなり完成型を提示して、こうするんだ!とどや顔をされるわけではなく、ノート術には「助走」「離陸」「上昇」という3段階のプロセスがありますが、レコーディングダイエットにしてもうつからの復帰にしても、一気にやろうとせず手順を踏んで少しずつ上ればいい、ということを考えたのもこの時期です。なので、復職に向けてのプランというのも、長期的・中期的な目標はもちろん立ててはいましたけれど、それ以前に「1日の過ごし方」の重要性を再確認したのもこの時期でした。

岡田斗司夫式ノート術は図で説明するのがいいのですが、ちょっと横着してこちらの記述から拝借して

目的 面白い事を考え。楽しく生活。アイデアを作り出す
原則 右に論理。左に面白。

助走  (週に2ページ)
    あった事をスケジュール帳等に書くだけ(名詞+動詞)
    見開き1週間

離陸 (週に2ページ)
   「あった事に採点」(10~5まで)
   マイナスはなし
   「楽しさ」「やりがい」「評価」で採点

上昇  (毎日2ページ)
   右に日付と論理。左に面白

右側に書く論理。論理の書き方

【考えたこと】→ということは?→どうなる?→どうする?(自分はどうするか?)
       ←他に似たこと←あれ?前にも…
              ←あれ?逆に…
              ←あれ?同じような…
       →なぜ?→なぜ?なぜ気になる?(何故自分は気になったのか?)



うつで仕事を休むとなると、慌てて戻ろうとして失敗したり、戻った時のことを想像して体調を崩してしまったりするものです。「うつになった時に大変なのは、うつになるまで」「そこから最低限の生活ができるように回復するまで」もそれなりに大変ですが、一番難しいのが「体調が回復してから仕事に完全に戻るまで」の経緯だと思います。僕自身は鬱での休職は4度目になるのですが、過去3度は、そこらへんを適当にしていたので、戻ってからまた潰れる、という繰り返しをしていたように思います。
おそらくダイエットをされた方というのも、リバウンドが怖いと言いますが、まさに「継続」の難しさを表現しているように思います。

うつからの復帰での難しさ、すなわち、復職してからの「継続」の難しさ、ここをどう克服するか?この時期は徹底して考えました。まだ実際に復職はしていないので、その証明はこれから自分でするしかないのですが「遠いことを考えるよりも目の前の一日を重視する」
これが全ての解ではないにしても、ヒントくらいになるのでは?と思っています。

12月からは、2010年用の「ほぼ日手帳」を購入していたこともあって、きちんとした形での日記をこの頃からつけ始めました。それまでは、何かを思いついた時に、手帳に日付とメモを適当に書く、というスタンスでしたが、ちゃんとした日記形式を取り始めたのがこの12月で、そこの中で、その日の体調とできごと、そして行動に対しての点数をつけるというスタイル(「離陸」の形態)を取りはじめて、だいぶ自分の振る舞いの「見える化」ができたので、病気の時に、このノートの使い方を知ったのは大きかったです。

ノート術の効用としては、他には、本来の目的である「面白い人を目指す」というものでしたが、その途中過程も見逃せません。
見開き2ページ形式になってからのノート術について「「思いつき・アイデア」→「仮説・意見」への展開を経て、その仮説をロジカルに強固にすることによって、自分の見識というものは形成される」という話があるんですが、この見識、すなわち「俺に言わせれば」という考え方も、自分の病気の治療にフィードバックさせることができました。

うつという病気は、治そうと思うと本当に自分自身と正直に向き合わなければならず、その中で、社会生活を送る上で治さないといけないことは治さないといけない(僕の場合、人に相談することのが下手で抱え込んでストレスになってしまうこと、というのは、改善しないと、社会生活に影響する)し、治さなくてもいいのに周りに同調して抑制することでストレスと感じている部分は、どうやっても譲れない「見識」と解釈することで「譲るべきこと・どっちでもいいこと・譲ってはいけないこと」を明確にすることになります。

すなわち「譲ってはいけないこと」は、完全に譲ってしまうと心の中で負荷になってしまうので「俺に言わせれば」それは「見識」であり「個性」である、と定義することができます。(もちろんそれで他者と議論になってしまって摩擦を生じる場面もあるかも知れませんけれど)

この辺りの解釈の仕方というのは、都合のいい解釈をしている部分もあるなぁ、と思ったりもしますが「俺に言わせれば」都合のいい解釈でハッピーならいいじゃん、それが俺の見識だし個性なんだ!と。

さらに進めていくと、自分の楽しいの定義は、自分で決めればいいんだ!とも言えますね。もっともそれは今までもやってきていますし、仕事なんかの場所だと、相手がどう思っていようと自分が楽しければいいや、くらいでも、自分を防衛するためには大切かも知れません(仕事に無責任という意味ではなく)一番理想は、相手も自分も楽しい、というwin-winの関係なんですけど、そこまで今の自分では無理です。理想ではあるんですけどね。でも仕事をしている人でwin-winの関係を目指して仕事をしている人なんて、実際どれくらいおるねん!とツッコミたくもなります。

しかしながら、こんな風に、自分の見識を表に出す、アウトプットすることは、自分自身の自信にもなるし、また、フィードバックもどこかで得られるのかなぁ。そんなことを考えたりもしました。

まだ続くよ(笑)

おきてがみ

▽コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

▽トラックバック

http://sakurasakurasakura3.blog53.fc2.com/tb.php/772-260edbaf

 | HOME | 

竹島プロジェクト


提供:natsuka.net様


twitter




プロフィール


Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
ぜひゆっくりご覧ください。
メールはこちらからどうぞ。


ブロとも申請フォーム


この人とブロともになる


最近の記事



コメントとプラグイン



カレンダー(月別)


01 ≪│2017/02│≫ 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -


カテゴリー



ランキング



リンク



ブログパーツ





あわせて読みたいブログパーツ


ブログ検索



マイサーチ


自分のマイサーチ 全体


RSSフィード



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。