さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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おきてがみ

ざれごと

とりあえず、脈絡もなく、思いついた事を箇条書きで書いてみました。
ネタばらし的になりますが、以前sokさんのブログで私がこのようなコメントをしていたのですが、その時のことを思い出しつつ、再構成というか、ああ、こういう事言ってみるとどうなるのかな?と思ったのがきっかけです。

最近は、昔の一時期と比較して、うちのブログってのは読者も少なくなっているし、いわゆる保守ブログの主流から落ちぶれてしまっているので(笑)好き勝手書いてみよう、と。
どうせ最近の保守ブログなんて、多くがオナニーになっているなぁ。。。というのが、僕の感覚ですが。
(保守に限らず、普遍的に見てもそうか)

戯れ言ですが、むしろ戯れ言の方が、よりブログ的という言い方もできるかも。所詮ブログはブログですよ。ただ自分の書いたことに、いいなぁと思って読んでくれる人が少しでもいるといいなぁ。

「ブログで政治ネタをやることについて」

・政治ネタをやる以上、それをずっと続けていくと、ポジショントークになりがち。
・必然とは言わないまでも、政治的なネタでブログを続けていくと、読み手からもそれを期待されるわけで、書き手もそれを無意識にそういう方向に向いていくというジレンマからは逃れられない。
・結局同じ方向へのベクトルが相乗効果で働くので、気をつけない限りは、行き着く先は極左か極右になってしまう。(ブログに限らず、実際の政治活動や運動などでもそうなのかも)

拙ブログを始めた当初では、日韓W杯共催前後、2ちゃんねるなどでも嫌韓派と呼ばれる人種が増えてきた時期に重なる。(2003年末頃)
その頃の認識からスタートしている以上、歴史認識問題・靖国問題・拉致問題・竹島問題などについて、どういうスタンスで考えるところが、今のブログので活動の基礎になっています。
これらの問題について、今現在の自分の認識で言えば、

歴史認識問題・・・国が違えば歴史認識が違うのは当たり前。実際に何が起きたか?を追究するのは意味があるが、その歴史的意味や認識を他国と言い争いしても無意味(お互いにお互いの言い分を主張し続けるだけやっておけばいいだけ)。たとえば、慰安婦問題などに関して、実際に起きたこと・起きていた「真実はなにか?」を歴史学として調べる作業は重要だが、相手の言い分を変える・相手の言い分にあわせるなんてのは、徒労に過ぎない。政治的には、そこを押さえておけば間違いない・・と思う。

靖国問題・・・日本人の死生観の問題で、一言で言えば「どんな形であれ、死者を弔うのは日本の文化」。外国に理解、ましてや強要を求めるものでもないし。(ただし主張し続けることは大事)
拉致問題・竹島問題・・・政治的なポジションを抜きに、国民全体で考えないといけない問題。国民ができることはどれくらいのことがあるのかわからないが、絶対にできることは「忘れないこと」。竹島プロジェクトに「右も左も関係ない」「問題を広めることが大事」と書いたのはそういうこと。

・そういう当初は「右的」なスタンスで自分はブログは書いてきていたが、その方向ばかりに流されるのはあまりに危険。


結局のところ、政治ネタを力点にブログやネット掲示板(含む2ちゃんねる)で活動している人は、お祭り感覚で学生運動に参加していた全共闘世代とどう違うのか。日本をよくしようと思ってやっていると反論があるかも知れないが、そもそも自分が歩んでいる道が正しいという担保はどこで誰がするのか?

・そういう意味では、政治ネタでブログをやって発言をする場合は、常に自分が正しさを追求しているのか、単に煽りになっているだけなのか、絶えず自問するべき。
・コメントやランキングなどで、自分の支持が多いからと言って、それが「正しさ」を担保することにはならない。
・より右的であれば右的な多くの支持者が現れる。左も同様。
・単に祭りに乗っかるだけの人たちも存在するわけで(むしろそちらの方が多数)そういうのは数が多くても信用できない。そういう人たちは、今時流に乗っているからこちら側にいるだけで、大勢が変化すればすぐに離反する。
・たいていの物事には、多面的な表情があるのが普通で、単純に二項対立で物事は片付かない。それくらいの見識は、政治に限らず物事の分析をする時にはもっておかないといけない。

・今のようにネットが充実してきた昨今、知識を蓄えるという点では、単体の人間よりもネットの方が効率がよい。従来のネットの存在しない時代と比べて、この点は大きく変わる。(もっともそういう巨大なデータベースを作るのは生身の人間の仕事だが)

・対して生身の人間の仕事としては、より多く「精査すること」「考えること」に集中される。
・自分の思想の違う人間についても、ネットでは容易にアクセスできるのだから、それらについても是非を問わず積極的にアクセスしなければならない。それは批判する上では最低限の礼儀。

・論語で言うところの「学びて思わざる」がネットの世界で多くみられる風潮。

・おおよそ、政治ブログらしきものをやっている多くの場合は、どこかで見聞きした意見を切り貼りしているのが大半。(自分自身も含めて)

・一つのある物事が起きると、ネットで政治ブログをやっている場合は、大抵が「敵か味方か」というものの見方で判断してしまう。それを左右するのは、中にちりばめられたキーワードで決まってしまう。「人権」や「反戦」なんて言葉があるだけで、右的な人はアレルギー反応を起こしてしまう(中にはいいことを言っているかもしれないのに)

・他方で、右にも左にも批判、というスタンスの人もいる。これもやりすぎると天の邪鬼じゃないか?と思うこともありますし、正直、公平である人とただの天の邪鬼の見極めが難しい。常に批判だけしていてもいいというわけでもないと思う。
浅慮な人間や若い人間の中には、反発している=正しいと勘違いする者も多いので、真理を追究する立場からは、少なくとも、大人の責任として、与してはならない。

....etcetc

またいつか続くかどうか不明。ていうか、読んでいる人いるのか?ここ(笑)

おきてがみ

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日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
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