さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


おきてがみ

上善如水

リハビリ(何のリハビリ?)も兼ねて久しぶりに自分のブックマークに載ってるブログ(およびその周り)を散策してみた。

いろいろ読んでいても勉強になったりそうでなかったりだけど、とりわけ雪斎さんの随想録に載ってる
「養成」の衰退

は非常に面白かった。

特にブログの世界では、記述の後に「(苦笑)」などという言辞を付けて、論ずる対象の政治家を嘲っているものがある。こうした種類の言論は、煎じ詰めれば、「俺は偉いんだよ」というカタルシスを得たいだけの代物である。罵倒と嘲笑で人材が育った事例を雪斎は知らない。罵倒と嘲笑の色合いを持った政治評論は、政治評論としては最も低級の部類に属する。



という点はブログ書きとしては確かに痛いところではありますね。私も自分自身の事という点でもそうですが、それ以前に「保守気取り」のブログ書きのアホレベルに、雪斎さんも正直嫌気がさしているんでしょうなぁ。
(まぁ私の持論は「表現活動はおしなべて「せんずり」」ですが)

私もそのアホレベルのうちに入ってしまう部分があるのですが、ブログの書き手であると同時に読み手である身としては、粗製濫造されている自称保守ブログは見てて痛々しくもあります。
(例は特に挙げませんが、あえて左ではなく右をあげるなら、izaのブログは自称保守オナニストの巣窟になってますねw)

そうそう、雪斎さんと言えば、産経新聞に8月15日に載っていた正論の文章が面白かった↓

特にこの辺は秀逸だと思う。

 ただし、進歩主義思潮の後退の後に浮上したのは、別種の観念論ではなかったろうか。筆者は、「あるべき日本」を頭の中だけで思い描き、それに向けて社会を導くというスタンスの言論を好まない。

 たとえば戦前期の「古き良き日本」の歳月の中で人格を形成した三島由紀夫や福田恆存のような知識人が戦後の風景に対する批判を寄せ、その故に「保守主義者」と呼ばれたのであれば、その事情を筆者は諒解(りょうかい)する。

 けれども、戦後の歳月に生まれ育った人々が、三島や福田の言説を真似(まね)しつつ、戦後の歩みに冷ややかな眼差(まなざ)しを向け、自らの体験とは無縁の「古き良き日本」の風景を恋慕するならば、それは、観念論の趣を濃厚に帯びることになる。

 「輝かしき共産主義社会」を夢想した往時の人々と「古き良き日本」に想(おも)いを寄せる現在の人々には、性格の差異はないのである。

 故に、そうした観念論に走る人々を「保守」と呼び習わすのであれば、筆者は、率直に「保守」の論客と呼ばれることを拒絶する。それは、自らの「実績」に裏付けられていない意味において、高坂教授が「反動家」と呼んだものに他ならないからである。「古き良き日本」の事跡は、今後の歩みのための教訓と参考でしかない。

 筆者が関心を抱いているのは、どのように戦後の「実績」としての平和と繁栄の条件を護っていくかという議論であり、どのように戦後の「実績」を日本と地球人類の未来のために活(い)かし、日本の新たな「実績」として位置付けていくかという議論でしかない。



そうなんですよね。これは少し前から漠然と僕が思っていたことを指摘してくれています。
つまり、極左と極右は同根。

(自分自身にもそういう時期を経て今があるということを先に告白することにしますが)僕の目から見て非常に気になる「自称保守」や「自称憂国」の輩に見る危うさってのは、極左や朝鮮人や中国人にも見られるような、声高で拳を振るって熱弁を振るうような、昔の打倒帝国主義とか言いながらゲバ棒持ってる共産主義者かオノレは、と思いたくような人が見受けられることです。

本当に保守と呼ばれる人種は、もっと穏やかで自信があるものなんじゃないかなぁ?という風に最近感じるようになりました。だって、保守ってのは、結局の所「太古の昔からずっと生き残ってきた文化」を信じている層だと思うので、そういうのって、少しのことではびくともしないと思うんですよね。
例として、8月にネタになる靖国ネタなんてもの、あんなものは軍国主義だ、とか、英霊が、とかやったところで、一言「結局は「鰯の頭も信心」でしょ?」と言われたら、それで終わる話なんですよね。
保守派と呼ばれる人は、そうやって長く自然とに醸成された「叡智」を信じていればいいんだと思います。
そういう人は自然に達観して、穏やかになりますよ、って、それは結局の所「強く辛辣な言辞は論拠の弱さを示唆する」というユゴーのつぶやきに回帰するわけか・・。

----

こういう喩えが適切かどうかわかりませんが、「上善如水」が真理の老子のようなというか・・激しい孟子だったり孔子だったり、口角泡を飛ばす、みたいなのは自分の柄には合わないなぁ。
どうでもいいけれど「上善如水」が一発で変換できないうちのATOK2008は頭が悪すぎだと思う。


おきてがみ

▽コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

▽トラックバック

http://sakurasakurasakura3.blog53.fc2.com/tb.php/398-72a73881

 | HOME | 

竹島プロジェクト


提供:natsuka.net様


twitter




プロフィール


Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
ぜひゆっくりご覧ください。
メールはこちらからどうぞ。


ブロとも申請フォーム


この人とブロともになる


最近の記事



コメントとプラグイン



カレンダー(月別)


12 ≪│2017/03│≫ 01
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


カテゴリー



ランキング



リンク



ブログパーツ





あわせて読みたいブログパーツ


ブログ検索



マイサーチ


自分のマイサーチ 全体


RSSフィード



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。