8月は、暑苦しい
15日が終わるまで、イヤなんですよ。
戦争ネタ・・・飽きてるというかつまらん。 「火垂るの墓」を見るたびに、節子が死んだのはアホの兄貴が我慢できんかったからやろ、とツッコミを入れている自分には、毎年のようにやってくる8月の15日までは、1年のうちで一番嫌いな時期でもあります。 さっきは日テレのZEROだっけ?見てたら言ってた。 「63年前の8月15日のこと、忘れてはいけません」 そんなん言われても63年前の事なんて生まれてないから知らんし。 ていうか、村尾さん、お前生きてたのかよ!と。小一時間問い詰めたい。 おいらには敗戦の日の「1945年8月15日」も本能寺の変の起きた「1582年6月21日」も、歴史の年表の上での事でしかない。 自分で経験した歴史的一日って、阪神大震災の経験くらいしかないよ。 あとは昭和天皇の崩御とか。 「日本人は63年平和な中に生きてきた。戦争の実感が薄く、平和や戦争に対する感覚が鈍っている」 じゃぁいっぺんくらい、戦争を実体験したらいいんじゃね? 実際に戦争したら平和のありがたみとやらも「口先だけ戦争好き右翼」も何か違う感想持つだろうし。同じく「口先だけ平和好き左翼」も、バトルロワイヤルみたいな事を経験したらいいよ。 百聞は一見に如かずとも言うし。愚者は経験に学ぶとも言うけどw で、その日本が歩んできた不戦の道とやらをやったあとで、次のコーナーでロシアとグルジアの紛争の報道をやるという。 この相矛盾した報道を違和感持たずに放送しているんだとしたら、今実際に起きている紛争と、心のこもっていない不戦の誓いの違和感を感じないとおかしいはずだが。 「葉隠」の中で「ただいまがそのとき、そのときがただいまなり」という言葉があって、非常時と常時をシームレスに物を考えないといけないということを示しているのですが、それができてないってことなんだよね。 そして、毎年行われる戦争時代の贖罪ってのは、年長者が伝えてくれよ。 おいらは、伝える人がどんどん減っていく姿をみて「やっと静かになったか・・」という思う日が来るのを楽しみにしとくから。 少なくとも、自分は何一ついわれのない「日本人の持つ贖罪意識」なんてものを、(まだいないけれど)自分の子供たちだったり、甥っ子だったりに洗脳なんて、大人の責任として、やってはいけないと思いますね。 Twitterにポスト tumblrにポスト |
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