さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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おきてがみ

議論の作法・・・のようなもの

まぁ、某掲示板の某スレをちょっと訳あって眺めていたのですよ。

まぁ誰が何を言っているか?とか、誰の意見が正しいのか、とかそんなのはどうでもいいことです。
誰の意見が正しいのか、は、読んだ人がそれぞれ意見を持てばいいわけで。
(僕個人の感想としては、社会のコンセンサスとしては、法律は「悪法も法」という感じで、しかるべき尺度して認識しないことには、いくら何でも話にならないと思います。オレの常識が正しい、法律が間違っているなんていいだしたら「オレの嫌いな奴をオレは殺してもいい」「オレの意に沿わない意見は暴力で排除しても構わない。言論の自由なんてくそくらえだ」という「オレ常識」も認めないといけないと思います。もっとも法律が全て正しいのか?という問題はありますが、それはそれで別の議題として議論するべきで、すくなくとも例の議論においては、現行の法律が正しいとして、という最低限のコンセンサスというか一応のルールくらいは遵守しなければ話にならないと思います。なんでもかんでも野球にたとえて恐縮ですが、ドラフト制度の是非を語る場所で、「ドラフト制度は正しいと思わない、独自の方法で選手を取る」なんていう球団が現れてしまったら、議論にならなくなるのと同じです)

それにしても下手な議論というのか、そういうのを見てしまうと、一体、議論ってのはどういう目的でやるのかなぁと考えることがたまーにですが、ありますね。
多くの人は、議論と言えば、相手を打ち負かすことにあると考えているようです。ああ、確かにそういう部分はあるかも知れませんねぇ。
確かに自分の主張が相手の主張を潰すというのは、快感だったりする部分があるかも知れませんし、普段なら暴力を振るえない人でも、議論で相手をひれ伏せさせたら、タコ殴りにして土下座でもさせたような快感というのはあるのかも知れません。
もっともそういうのは諸刃の剣と言いましょうか、勝つこともあれば負けることもあるわけで、自分の意見に穴が見つかったら、それを素直に認める勇気というのも必要だと思うんですね。

でも、だからそれをやったところで、何?という気がするのも、いろんなところで議論に巻き込まれたり眺めていたりした身では思うことでもあります。

自分の場合は、技術者という仕事をしているせいか、議論というのは、AとBを出してCを生み出す作業という認識があります。
さもなくば、自分の持つAという意見は正しいのかどうか、みんなに聞いて貰おう、批判されたら、その指摘については自分で検証しようという姿勢は必要だと思うんですね。

自分の正しさを無辜に信じるだけなら、そんなものはオナニーの方法と同じで、自分の心の中で「このやり方が正しいんだ!」と信じていればいいだけで、他人が持つオナニーの方法にケチをつけてまで自分の無辜の正義というかザーメンをぶっかけてどうするの?という気がするんですね。
だから、やるならせめて二人でやる「新たなオナニーの方法」を考え出してもらえないかなぁという風に考えたりするわけです。

そして、それがディベートの本質じゃなかろうか、と。

正直なところ、自分としては、最初の段階で相手の目的が、オナニーをぶっかけるだけのものなのか、新たな「オナニーの方法」を模索することなのか。そこは早々に見極めないといけないのかも知れません。
時には「こいつはダメだ、オレの目的には合わない相手だ」と思ったら、塚原卜伝の「無手勝流」を見習って、真っ向勝負を避けるというのも必要なのかも知れませんね。

あと、長文を書くのは確かに相手を封じ込めるのにはいいのですが「引くに引けない」人を相手に使うと、かえって逃げどころがなくなって戦線がどんどん徒に拡大してしまうというのは、あると思うんですよ。

まぁその辺りは、実際さじ加減や手法の問題でもあるので難しいですし、自分の意見を誤解無きように伝えようとすると、長文になる傾向にあるのですが、そもそも「誤解無く丁寧に伝えないといけない相手か?」を見極める必要というのがあるかも知れません・・。
ただ徒に長い文章は敬遠されがちなのは仕方がないというのはありますし、長文を書くと相手も長文になるという場合もあって泥沼化するという典型的日本陸軍中国戦線状態になっていくような(笑)
もっともそれもその人の武器である場合もありますからね。

ちなみにブラックジャック先生は「喧嘩のコツは、相手の急所に強い一撃を確実に放つ事」と言っていますので、議論でもこういう倒し方を学ぶと、時間の浪費が避けられていいかも知れません。

誹謗中傷の類にはついては、誹謗中傷じゃないかどうかってのは、まわりがどう判断するか?という類だと思うんですよね。それを主張したことによって「あいつのは言うことは痛いな」と思われたらかえってNGなわけで、一部の瑕疵でもって全体の信頼を損なう事を考えるべきだと思いますね。

せめてどうしても書くなら「お前はどうしようもない馬鹿だけど、こことここの意見は同意してやる」くらいは言えば、「ああ、少しは話を聞く態度だなぁ」と見えるものなんですけどねぇ。

あと、昔書いたことがあるけれど「極右と極左は同根」ですね。やっぱり。ボタンを右にかけたか左にかけたかの違いです。

おきてがみ

▽コメント

 何このデジャブ

なんて思いながら、件のスレを見ていました。と言っても、やたら長文が続いているので、飛ばし読みしていたのですが。
なんだか、議論のはずが、けんかになっていってるなぁ、という気はしたのですが。
さて、今回の私の感想としては、確かに、ほかの方も指摘されたとおり、法律に詳しくない大多数の人間にとっては、なんだか訳分からんのですよ。「ああ、また長文が…」と思うわけで。
あのような文章を書かれたら、わたしゃ、「勉強になりました、ありがとう。」しか言えんもんなぁ。
私の気持ちとしては、ぶれない軸は必要ですが、あまり自分の主義主張にこだわりすぎると、「とにかく正義感と言うものは、わけも分からず人を責め立てるだけのもの」状態になるんだな、と再認識。
右翼も左翼もどっちでもいいんですが、自分こそが正義と信じ込んだ瞬間から「話にならん」ようになりますね。

 

お久しぶりですm(__)m

議論の仕方に依っては炎上もありうると言った事ですな。
議論をふっかけたは良いが綻びが明らかに見えている
ので周囲に叩かれて自滅に追い込まれる、そう言うケース
がネット上で結構目立つ気がします。

 

佐倉さんが書かれた趣旨とズレて申し訳ありませんが、
ちょうどいい機会(?)なのでコメントさせていただきます。

それは、この手の皆さんを見ていつも感じる素朴な疑問。

どうして自分でブログやらないんだろう。

自分でブログをやりながら、そのうえで人様の掲示板(コメント欄)にもコメントするならまだ分かるんだけども。
人様の掲示板(コメント欄)を自分の庭か何かと勘違いして入り浸っているのが正直鬱陶しくてしょうがない。
そんなに言いたいことがあるなら自分のブログで書いたら?って思う。

もちろん、ブログのコメント欄とああいう掲示板を同一視することはできないでしょうが、僕はどうも好きになれないんですよ、ああいうのって。
「議論」云々の以前の問題という気がします。
あくまでも僕の好みの問題なんでしょうけれども。
なんていうかなあ…この鬱陶しい感じはどう表現すればいいんでしょう。

 

>台風さん
あそこの人達は、殆どは同じですよ。誰がどのタイミングで何をトリガに暴発するかだけだと思うので、他にも潜在的にそうなりそうな人はいます。
まぁそれはさておき、
>法律に詳しくない大多数の人間にとっては、なんだか訳分からんのですよ。「ああ、また長文が…」と思うわけで。

それはこの場合当たらないと思います。そもそもプリンスホテルの話云々のように法解釈の話を持ち出してきたのは、Fさんの方ですから、そこに踏み込んでしまった以上法議論にならざるを得ません。
自分が主張するときは法解釈に関連する話を持ち出し、反論で法解釈に関連することについては「素人だから」で受け付けないというのは虫が良すぎです。
だったら「最初からそんな話を持ち出すな」という事になります。

あんまり「俺たち馬鹿だから偉い人の言うことはわかんねぇよ」なんて主張するのは、大人の態度としてもどうかなぁと思いますし、掲示板の質にも関係して来る気がいたします。無理をする必要はないですが、せっかく詳しい人の話なので勉強させていただこう、という気持ちくらいは持っておかないと。。。

せめて、自分が難しくてわからないと思ったら素直に聞くか、「要約するとこういうことですよね?」という形で、都度確認を経て議論を進めるようにしてもいいように思います。
どっちにしろ、相手を言い負かすのがメインテーマになってしまったら、もう終わりですけどね。
長文になる傾向については、本文で少し書きましたので、割愛します。
そういう意味では、Sさんの文章が長くなる理由は、僕は理解できます。

>abusanさん
お久しぶりです&ご無沙汰しています。
>議論をふっかけたは良いが綻びが明らかに見えている
>ので周囲に叩かれて自滅に追い込まれる
正直なところ、最近の自称右翼・保守はそういう輩が多すぎです。特にmixiでそういう輩が喧嘩をしかけてたまに助けを求めにこられたりするのですが「緩やかな保守」を自称している自分には「オレの足を引っ張るな」という気分で、実にいい迷惑です(笑)

>水尾。さん
そうですね、なぜブログを自分で持たないか?については・・悪意と好意の入り交じった推測でもって回答をするとですねー(笑)
ブログを構えてしまい、そこで痛い発言をして炎上しまうと、自らで収拾を付けないといけなくなるからじゃないかなぁと思います。
言い換えると、何かあったときの責任を管理人に押しつけてしまえるからじゃないの?という事です。いざという時、自分のケツを自分で拭く気が無いからでは?と。

と、すごぉく悪意と好意の入り交じった推測をしてみましたが、単にブログの作り方を知らないだけでは?とか、面倒くさいからじゃないのか?という気もしています。
ちなみに、一方の当事者はブログをお持ちです。(直リン避けてh抜きで)
ttp://sok-sok.seesaa.net/

 

>そもそもプリンスホテルの話云々のように法解釈の話を持ち出してきたのは、Fさんの方ですから、そこに踏み込んでしまった以上法議論にならざるを得ません。

なるほど~、あのスレはそういう話になっていたのですね。なんだか、長いスレは、また変なことになってるんじゃないかと思って、敬遠していたのですが、迂闊でした。
私の掲示板論を言えば、「自分の庭(ブログ)を持っている人間が、自分のブログでアップしたエントリと同じことが議論されている、自分の考えと似たような、または同じ意見は出ていない、だったら、『自分はこう思うんだけど、どう?』ってことを書くんなら、いいんじゃないの?」と思うんですよ。
人の庭で何やってるんだか…というのが今回の正直な感想です。
ブログなんて、それこそ、ネット環境にあれば、すぐ持てるでしょうに。パソコンにはまったく疎い、私ですらブログを持っているのになあ。

>、「要約するとこういうことですよね?」という形で、都度確認を経て議論を進めるようにしてもいいように思います。

こういう風に進めていけば、生産的なんですけどね。

 

http://www.progoo.com/rental/tree_bbs/bbs.php?pid=30404&mode=pr&parent_id=12584&mode2=tree

場外乱闘になってる。面白いなぁ。赤勝て!白勝て!

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日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
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