さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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おきてがみ

世論を動かすなんて、思い上がりも甚だし

ええい、週末野球とサッカーの観戦に時間を取られてしまっている間に、こんな記事が出ていたとは、なんたる不覚。

というわけで、2日も出遅れていますが、中日新聞のコラム。

鎮魂の夏と総裁選と

週のはじめに考える

 長梅雨がやっと明けるかと思えば目前に鎮魂の八月。「靖国」がまた騒々しい。逆に政権党の総裁選は低調ムードで、はや消化試合の趣。なんて、アンバランスな。

 皇居に近い千鳥ケ淵の戦没者墓苑を訪ねました。「拡充」話がひょっとして本物になるか、とも思って。

 人影まばらな六角堂。献花台で白菊を一本、手向けてきました。

 納められているのは遺族の元に戻れない戦没者三十五万人余の遺骨。太平洋戦争で海外にあって命を落とした二百四十万人の一部です。

 お堀に沿う緑陰を少し歩けば靖国神社。並行して走る一方通行の狭い車道はタクシーの絶好の“休憩所”になっていました。

 静寂こそがふさわしい
 毎年八月十五日、武道館での追悼式に先立って歴代首相はたいてい参っています。小泉さんも。なにかと大騒ぎになる靖国とは違って、静かにつつましやかに慰霊の儀式が営まれます。もちろん、無宗教で。

 墓苑拡充話は、三十代の女性記者が七月十八日付本紙政治面に書いていますから重複は避けます。

 この話、自民党の中から出てきました。意図はもう一つはっきりしませんが、にっちもさっちもいかなくなった靖国問題と、たぶん無関係ではないのがミソ。

 墓苑拡充で外国要人も献花できる国立の追悼施設にと期待する人もいれば、靖国がないがしろにされると反発する人もいるようで、結論は簡単に出そうにない。それが残念ではありますが、靖国問題解決の一案であるなら、自民党の「良心」の表れと、いい方に取っておきましょう。

 私たちはこう考えてきました。鎮魂・慰霊には、やはり静寂な場こそふさわしい、と。今も、です。

 靖国神社だって、本来は静寂を旨としたはずでしょうに、自ら騒がしい場にしてしまった。昭和天皇の発言メモにあるように、一宮司による「A級戦犯合祀(ごうし)」によってです。

 「争点にしない」の欺瞞
 ここ数年でいえば、騒ぎにしたのは小泉さん。「信教の自由」とか、「心の問題だ」とか「個人の自由」とか、弁解もいよいよ、聞くに堪えない荒っぽさで、あきれます。

 国の最高責任者がこれでは本当に困るのですが、そんな小泉スタイルを面白がったり、支持してしまう、世間の空気があったのを、認めないわけにもいきません。

 人気取りで妙なナショナリズムをあおった方も悪いが、その術中にはまって拍手した方も悪い。といっても私たち、そこにストップをかけるには、とうとう至らなかった。

 そして、日本と中国や韓国とのどうしようもない関係悪化。アジアだけでなく欧米にも右傾ニッポンへの警戒感が芽生えかねない状況に。ジャーナリズムとしての非力を、厳しく自省している次第です。

 ようやく世論調査で「首相の靖国参拝避けるべし」が間違いなく多数派となっても、小泉さんはその言動からすると、参拝を強行する気のようです。「十五日」は一度も果たしていない“公約”でしたし。

 だいたい取り巻きに、諫(いさ)められる人がいないのです。情けないことに皆さん、言っても聞かないと、さじを投げてしまっている。以前はいましたよね、中曽根康弘首相のときの官房長官、後藤田正晴さんとか。

 現官房長官の安倍晋三さんは靖国問題を何と言っているか。「一国の指導者がその国のために殉じた人に尊崇の念を表するのは、どこの国でもすることだ」。一般論でのすり替えです。参拝するか、と問われて、するしないを言うつもりはないと、答えにもならない答え。

 ポスト小泉の自民党総裁選へ最強候補と見られている人が、靖国を争点から外そうとしているのです。一方でホットなテーマを、こっちでは触れずにすり抜ける。これを欺瞞(ぎまん)と言わずして、何と言うべきでしょうか。

 さて、あと五十日ほどで結論の出る総裁選の話。外交姿勢で「アンチ小泉」の呼び声高く、世論調査でもそこそこ期待のあった福田康夫さんが土俵にも上がらないものだから、始まる前からしらけ気味です。

 福田さんのおっしゃるには、出れば国論が二分するとか。官房長官当時の懇談会がまとめた無宗教の国立追悼施設造営を「是」とした原則的立場は、一体どこへ行ったのやら。

 「靖国参拝を控える」と、ようやく立候補表明した谷垣禎一さんが言いました。でも、控えた後はどうする。控えておけば靖国問題は自然消滅と、お考えか。語尾不明。

 吉田茂さんの時代の人で最近再評価の著しい白洲次郎さんの言葉を借りれば、大事なのは「プリンシプル(原則)」。政権を目指す人たちにぜひ、かみしめてほしいことです。

 核心避けぬ議論をぜひ
 原則を欠く政策論争など、聞くに値しません。近隣外交も日米同盟も財政再建も社会保障でも。まずは基本の考え方を明らかに、そして懸案処理の方策と段取りを示すこと。

 そうでないと、次の首相が日本をどこへ導くか、国民は判断するすべがありません。戦没者も安らかに眠っておれなくなってしまいます。


ツッコミどころ満載で素敵過ぎます。特に名塚さんが鬼のようにツッコミを入れてくださっているので、もう丸投げ!(笑)

人気取りで妙なナショナリズムをあおった方も悪いが、その術中にはまって拍手した方も悪い。といっても私たち、そこにストップをかけるには、とうとう至らなかった。


って、ツッコミを入れるのも野暮ですが、いつからマスコミは扇動屋さんになったのですか?
報道というのは、事実を事実として包み隠さずわかりやすく読者に伝えるのが使命なのではないですか?
確かにナショナリズムを扇動するのも良いことではありませんが、それをストップをかけるという姿勢も、余計なことでしょう。烏滸がましいという気がします。

昔々、情報伝達手段が少ない時代には、情報を売り物にする新聞やマスコミは確かに人々を啓蒙しよう!などという使命があったのかも知れませんが、今や既にその役割は、ネットに取って変わられつつあるのが実情ではないでしょうか?
また、マスコミの中で、そういうマスコミの役割のシフトに敏感なところは、たとえば産経新聞のizaのように、双方向性を積極的に活用してこれからのマスコミのあり方を模索する形になるのではないでしょうか?

たまたま今まで、新聞・テレビなどのマスコミの宣伝力が力を持っていましたが、昔々から、情報の伝達手段として一番力があったのは、個人による口コミということを忘れてはいけません。それはいわゆるコマーシャルなどの商品紹介に限らず、うわさ話の類でもそうでした。

だとすると、今のようなネットでブログなどで自由に情報が発信できる時代というのは、口コミの力を誰でも自由に全世界に発信できるようになったことになります。
こんな時代になっても、マスコミだけが国民を啓蒙しよう、なんて、烏滸がましいというものです。
真に啓蒙する気があるのなら、マスコミの人たちは、ネットの声と真摯に対さないと、負けますよ。

そして、日本と中国や韓国とのどうしようもない関係悪化。アジアだけでなく欧米にも右傾ニッポンへの警戒感が芽生えかねない状況に。ジャーナリズムとしての非力を、厳しく自省している次第です。


どこから見て右傾化しているのか?と問いかけたくなりますが、虫酸が走るのは、ジャーナリズムは公正中立という仮面をかぶっていることでしょうか。

私自身の考えで言えば、ジャーナリズムが公正中立なんてこれっぽっちも信じていません。人間である以上自分が中立だ正義だ真ん中だ間違いないぞ!なんて自分自身で主張する人間なんて、むしろ全然信用できません。
拙ブログの冒頭に掲げた「葉隠」の一節

不義を嫌うて義を立つる事成りがたきものなり。然れども、義を立つるを至極と思ひ、一向に義を立つる故に却って誤り多きものなり。義より上に道はあるなり。これを見つる事容易に成りがたし。
(不義を嫌って正義を通すのは確かに難しい。しかし、正義を通すことだけを一番良いと信じ込みひたすら正義を口にすることが、かえって誤りの元となる。なぜなら、正義や不義を越えたところに、物事の真実はあり、それを見つけるのは容易ではないからだ)

は、まさにこれを諫めた言葉です。

私の考えからしたら、嘘をついてでも「私は公正だ」と称するよりも、正直に「私は右だ」「私は左だ」と称する方が、ずっと信用できる存在に見えます。
日本人の性質を考えると、日本人ってのは人を疑うことに長けていないでしょうから、嘘をつく正義と、正直な悪だと、前者の方が一見まともに見えてしまうだけに、タチが悪そうな気がします。

むしろ、ジャーナリズムも、そういう立場でモノを言う方が、信用を得やすいのではないですか?まだ、現状の「アカ日」だの「朝鮮日報」だのと言われている方が、カミングアウトするよりもメリットが大きいということなんでしょうか?私には、今はいいけど、ボディブローのように後々に信を失う気がします。

そういういろいろなことをまとめた上で考えると、赤旗や聖教新聞や国民新聞なんか、朝日に比べるとずっとずっと信用できますね。自分で記事の取捨選択ができるもの。

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にっぽんに思う:/2 日本版「オーマイニュース」 匿名の中傷に危機感

日本版オーマイニュースはどう見ても成功する要素はないし、そういう意味では期待しておらず、むしろ別の意味で期待しているわけですが(笑)
(これが成功するくらいなら、ライブドアPJやJANJANがとっくに成功していると思う)
そもそも、批判と中傷の区別が付かない段階で、言論に携わるべきではないと思う。オーマイニュース準備ブログには、結構建設的な批判もあるのだが。

編集長の鳥越俊太郎さん(66)は「戦争を知らない若い世代が、経済発展した韓国に違和感を覚え、過去にあった差別意識を再生産した。ネットという匿名の場に、ネガティブな感情が噴出している。書き込み可能な読者の登録制は、当初からの予定通り」と語る。


このかなり勘違いした韓国分析はどうなんでしょう?
私なんかは経済云々なんて興味が持てない、小学生の頃からチョン公は嫌いでしたよ。
なぜ若者が嫌韓になるか、については、mumurさんがばっさり切り捨ててました。
私のように関西で生まれ育ち、同級生に朝鮮人が居た環境ではない場合、こういう分析が的確でしょうね。

このオーマイニュースについては、今日の産経の「断」で大月隆寛氏が書いていましたが、いやはや、ほんと、度胸があるね。

オーマイニュース開店準備ブログには、タイトルに「タブーに挑戦する新メディア」と大言壮語なうたい文句があるのですが、やってもらおうか、という気がします。
ぜひ、部落問題と朝鮮人問題と創価学会の問題、これらのタブーについて、チャレンジしてください。その3つが出来たら、とりあえず褒めてやろう。


おきてがみ

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