さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


おきてがみ

「岡田斗司夫ひとり夜話ex特別編」行ってきました。

週末は「岡田斗司夫のひとり夜話ex特別編 富野由悠季を語る」に行って参りました。





僕自身はガンダムについては熱く語れるほど知識はなく(少なくともガノタではないです。。)なので、富野監督の話についてのお話は割と副産物的に見ていました。

それでも、このお話の前半と、後半の質問大会でも出てくる「プリキュアが生み出した、女子の恋愛不全」という話辺りは興味があって聞いていました。

映像の中にも出てきますが(Ustreamは画像がイマイチ・・)最近の20歳前後の女子学生から最近多くなってきた相談として、恋愛不全、すなわち「男性と恋愛できないor女性同士の恋愛になってしまう」という岡田さん自身の経験を踏まえた上で、女性の恋愛不全の原因としては、実はロリアニメの影響があるのでは?という仮説の話になっていきます。
ロリアニメの影響としては、よく男性のいわゆる「大きなお友達」(宮崎駿宮崎勤事件なんてものが契機だった気がしますが)を生み出す悪影響は俎上に乗りますが、プリキュアなどの本来のターゲット層である「小さなお友達」にも影響を与えているというお話です。(詳しく書くべきなんだろうけれど、できれば岡田さんの説明を聴いて頂く方がいいかと)

これは今まであんまり考えて無かったのですが、言われてはっとする場面はありますね。

後半の質問大会の中で、ロリアニメの元祖は「セーラームーン」じゃないのか?という話が出てきますが、セーラームーンは、あくまで「小さなお友達」向けに作られたのに「大きなお友達」を間違えてつり上げてしまった、という作品だと思います。
軸足が移り出すのは、間違いなく「カードキャプターさくら」ですね。

あと「セーラームーン」は恋愛要素があったんですが、最近の少女向け変身モノには、そういう要素や、男の子自体が皆無と言っていいくらい出てこないってことも気になるところですね。

スポンサーサイト
おきてがみ

第1089回「筆圧は強め?弱め?」

こんなネタですか(笑)

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです。
今日のテーマは「筆圧は強め?弱め?」です。

突然ですがあなたの筆圧は強いですか?弱いですか?

ほうじょうはどちらかというと強い方です。
ペンを握る力も強いようで、長時間使っていると指が疲れてきます。

先が細いものを使うと、ボールペンなどだと潰れそうで怖くて
なかなか使えません。なので大体0.5mmのものなど�第1089回「筆圧は強め?弱め?」



万年筆使いの自分としては、多分低めの方です。慎重になりますよね。
筆圧高いとどんどんペン先が割れていくし。

でもシャーペンなんかは高い方だと思います。
筆圧というか、文字の力強さと精神状態というのはリンクするので「日記は手書きで書く」
これはとても重要ですね。

鬱から復職に至るまでの記録をノートに取ってありますが、それを見ると、復職直前ってのは文字が力強いし堂々と、という感じですが、休み始めた頃なんて、小さいわ薄いわ・・・。

デジタルでは表現できないのがこういうところ。結構アナログ回帰は悪いことじゃないと思いましたです。

おきてがみ

巷に雨の降るごとく

今週は大変でありました。

火曜日、朝に聞いた一報は、幼馴染みの知人の急逝。
小さい頃よく遊んでもらったので、兄貴分というよりは「お兄ちゃん」でした。
年齢で言えば僕と少ししか違わないので、まだまだ壮年ですらない。今年結婚したばかりで、人生で言えばまだまだ。
よく言う「年齢を3で割って、時計の数字に置き換えたら~」という喩え話で言えば、ちょうど正午辺り。
本当にびっくりです。

そしてさらにびっくりだったのが、同日の夜に来た警察からの一報。
内容は、叔父とおぼしき人が、住まいの近くの車の中で亡くなっていたので身元確認に、という連絡でした。
警察署でいろいろ話を聞いて、事件性なんかも考慮し、検死まで行った結果、出た結果は自殺。
車の中で、七輪と炭で火を起こし、一酸化炭素中毒によるものでした。

説明を受けたのち、遺体と対面するも、正直わからない。
生きている人間と生気のない人間ってのは、こうも違うもんなんか、という感じ。
警察署まで行くのに車の運転をしていた僕は、割合冷静だったけれど、うちの親父やお袋なんかからみたら、そう見えない、よりも、そう信じたくない、という気持ちが強かっただろうなぁ。

翌日、叔父の家に貴重品などを取りに入りました。
これがびっくりしました。
衣類など一部の生活品を残して、ほとんど生活周りの品物を処分。郵送物や紙の類が一切ない。
そして、自分が居なくなった時には、リサイクルショップに家具を始末するように、という感じで、
メモが貼り付けられていました。

手元に残っていたのは、8月、9月、10月の月末に書かれた「死にたい」の文字。
仕事が定年になって、収入が減って、貯金が目減りするのは、真綿で首を絞める気分だったのかなぁ。
最期の方は職探しの雑誌で読んでいたりはしていましたが

済んだ身からしたら、何を考えていたのかなんて、今更しょうがない。

できること確実にやるんだ、と改めて一歩です

おきてがみ

「忠臣蔵」の国の人たちだもの

最近は政治ネタやってないけれど、やっぱり書いておくかな。

尖閣諸島の動画の件については、ゆる保守の立場の私でも、動画を流すという行為については「ならぬものはならぬ」という意見に立つしかないよね。
同じ手を「左側」の人たちが使った時に、反論できない。
だから、手段については是非を言えば非になるかな。

でもって、あえて「ゆるい右」の立場で言うとするならば、物事を理解する上ではコンテキストを考える、となると、これはしょうがないというか、心情的には海保の人たちに肩入れしたくなるよね。
というか、中国人の船長が不起訴でこれが有罪になったら、どうなってんの?と誰しも考えてしまうわけで、まぁ政府としてはせいぜい思案して、社会的に上手く「無かったこと」にしてくださいな(笑)

なんていうか、これはまさしく「忠臣蔵」の国の文化なんだなぁ、と思うしかない。

(忠臣蔵の題材になった赤穂浪士の討ち入りの件については、もっとレベルの低いただの逆恨みじゃないか?と思うんだけれど、それを美談に祭り上げてしまうのが文化というか、火事とけんかは江戸の華、的な意味で「治にいて乱を忘れず」というか)


裁判になったら、政治的な主張を被告の側としてはする権利があるわけで、それが一番困るんじゃないかな?
まさか取調中に急死とかなるまいな。
不起訴処分で海保から出ないといけないにしても、田母神さんと同じく、少なくとも憂国の人として、メシには困らないんじゃないかしら。


他にこれに肩入れする要素があるとしたら、自分の座右の書の「葉隠」的とでも言うべきなんだろうか。

確かに法を犯すのは悪いことなんだろうけれど、議論におけるアンチテーゼと同じく、たまに脱法行為をする人がいて、議論が深まるというのも、長い歴史の中だとそういう事例が発生するのは仕方がないという気もする。
もっとも、殺人みたいに(哲学的にはともかく、現実社会的には)自明の理に近いことは議論の余地は無いにしても、こういう事になった状況(コンテキスト)は考えて次につなげないといけない気がするね。

放っておくと「造反有理」になるかも知れないし、一過性の「事件」として消えてしまうかも知れない。
どっちにしても嫌な世の中だなぁ。

おきてがみ

つれづれなるままにニーチェ

今日は資格試験というか、メンタルヘルス検定なるものを受けてきました。
問題自体は難しくない・・と言いたかったんですが、勉強しようと思いつつもおざなりで、一夜漬けだったので、多分撃沈。あうう。せめてあと一晩あればだいぶ違ったんだろうなぁ。
公式テキストをきちんと読めば100%間違いない!くらいの問題だったので、その分、合否は神のみぞ知るになっている今の状態が悔いるというか。

帰りは梅田の紀伊國屋書店に。白取春彦の「生きるための哲学 ニーチェ[超]入門」を立ち読み。
一応ニヒリスト(?)の一味としては、前作のヒット作の「超訳ニーチェ」も立ち読み程度にはしてたので、読んでみる。
うーん。超訳ねぇ。ニーチェが自己啓発書になるなんて、上澄みだけをくみ取っておいしく調理すればこうなる、みたいな薄さを感じてしまってなんだかなですな。

ニーチェの読み方の神髄としては、一度「何もない、ただひたすら何もない」という無(ここでいう無ってのは、永遠の可能性を残すという仏教で言う「無」よりも、キルケゴールの言う「死に至る病」の「絶望」に近いかな。ニーチェの言葉で言えば「永劫思想」)を一度踏まえた上で、その中で、生きる意味を肯定(=「超人思想」)するという段階が大切だと思うのだけど・・今の日本だと、あえて「絶望の世界」なんてものを「神は死んだ」に似たような形で宣告しなくてもいいのかもね。
岡田斗司夫風に言えば「科学は死んだ」っていう時代は、わざわざ言葉にしなくても、肌で感じているのかも。
(ただ頭のいい人たちは「神は死んだ!」みたいに宣言してドヤ顔をするっていうのが大切なんですよね)

で、立ち読みした「生きるための哲学 ニーチェ[超]入門」については(お代も払わずに文句をつけるなんて邪道だとは思うが)キリスト批判をするニーチェ批判なんて下りが、いやぁプロレス的というか「ニーチェのキリスト理解に誤りがあるから、キリスト批判はおかしい!」的な批判の文章なんて「あんたのニーチェの読み方も正しくないがな!」的ツッコミを入れられたら泥仕合やないか、なんて感じで読んでました。

ホントのニーチェ好きとしては「まぁそういう楽しみ方もあるか」とニヒルに返しておいて、腹の中では「もっと面白い部分があるのに」と内心笑いながら、しかもニーチェ自身が嫌ったであろう表層的な捉え方をされる今の世の中を「ニーチェ的な」捉え方で斜に構えて毒を吐く、くらいが正しいのかも。

「哲学界の中二病患者」と僕が勝手に呼んでいるニーチェさんの、世の中を舐めたというよりも「世界を敵に回して何かと戦っている感」が好きなんですけどね。何と戦っているのかわかりませんが、何と戦っているか、のヴィジョンが自分に見えてしまったら、僕もニーチェ師匠のように発狂することでしょう。
「深淵をのぞき込む者はまた、深淵にも覗かれている」と語っていたニーチェ師匠ですが「あんたが深淵に飲み込まれとるがな!」的なツッコミは関西人的には避けられないところです。

なんてよくわからないことを書いたところで唐突に終わり。

梅田からの帰りの阪急電車では読書をしようと思ったんですが、となりの席のおっさんがコンビニで買ったとおぼしきスパゲティをズルズルと食ってたので、集中できず、かなりイライラしました。

誰か適応思考を!

おきてがみ

半年の壁

半年目の壁っていう奴でしょうか。
仕事で少しずつ裁量の範囲が広くなってくると、どんどんしんどくなる・・。

というわけで、今週は月曜日に頼まれ事を課長さんにされてから、それがプレッシャーになってか、火曜・(文化の日)・木曜と3連休中です。
業務としては、仕事の無駄の見直しというので、後輩たちの職場のメンバーに面談をして回るのと、その質問内容や日程を考えて、考察をするというもの。

火曜日はそんなわけで、午後からですがカウンセリングを受けにセンターに顔を出していました。

カウンセラー曰く
「与えられた仕事を失敗したらダメ、うまくやろうとするからプレッシャーになるんです」
「後輩に指示をしてあれしてこれして・・というのは苦手かも知れないけど、それは仕事だから心を鬼にしてやらないと」てなこと。

う~ん、昔からですが、後輩に指示を出して、いわゆる「仕事をさせる」「仕事を頼む」っていうのができない。
まぁそういうのができないから鬱になるんでしょうね(笑)
そういうのがダメってのはなんなんだろう?人に物を頼んだり「自分のために時間を割いてもらう」=「面倒を頼む」=「自分が嫌われるんじゃないか?」的な心理からきているのかなぁ。なんか小さい頃にトラウマでもあるのかも。

今日も休みます電話を職場に入れたら、課長さんが心配して聞いてくれたので、かくかくしかじかで不安になってるんです、的な事を言ったら、明日時間を割いて話を聴いてもらえそうなので、まだまだ完調にはほど遠いながらも、上司に相談できるようになったのは、プラスの点かな。

おきてがみ

 | HOME | 

竹島プロジェクト


提供:natsuka.net様


twitter




プロフィール


佐倉純

Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
ぜひゆっくりご覧ください。
メールはこちらからどうぞ。


ブロとも申請フォーム


この人とブロともになる


最近の記事



コメントとプラグイン



カレンダー(月別)


10 ≪│2010/11│≫ 12
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -


カテゴリー



ランキング



リンク



ブログパーツ





あわせて読みたいブログパーツ


ブログ検索



マイサーチ


自分のマイサーチ 全体


RSSフィード



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。