さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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おきてがみ

具痴

親父が酒を飲みながら、一昨年に自殺した叔父の名前に続けて「迎えにきてくれ~」と叫んでおる。
最近ずっとこの有様だ。

僕自身が正気を保つのも楽じゃない。

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おきてがみ

半年の壁

半年目の壁っていう奴でしょうか。
仕事で少しずつ裁量の範囲が広くなってくると、どんどんしんどくなる・・。

というわけで、今週は月曜日に頼まれ事を課長さんにされてから、それがプレッシャーになってか、火曜・(文化の日)・木曜と3連休中です。
業務としては、仕事の無駄の見直しというので、後輩たちの職場のメンバーに面談をして回るのと、その質問内容や日程を考えて、考察をするというもの。

火曜日はそんなわけで、午後からですがカウンセリングを受けにセンターに顔を出していました。

カウンセラー曰く
「与えられた仕事を失敗したらダメ、うまくやろうとするからプレッシャーになるんです」
「後輩に指示をしてあれしてこれして・・というのは苦手かも知れないけど、それは仕事だから心を鬼にしてやらないと」てなこと。

う~ん、昔からですが、後輩に指示を出して、いわゆる「仕事をさせる」「仕事を頼む」っていうのができない。
まぁそういうのができないから鬱になるんでしょうね(笑)
そういうのがダメってのはなんなんだろう?人に物を頼んだり「自分のために時間を割いてもらう」=「面倒を頼む」=「自分が嫌われるんじゃないか?」的な心理からきているのかなぁ。なんか小さい頃にトラウマでもあるのかも。

今日も休みます電話を職場に入れたら、課長さんが心配して聞いてくれたので、かくかくしかじかで不安になってるんです、的な事を言ったら、明日時間を割いて話を聴いてもらえそうなので、まだまだ完調にはほど遠いながらも、上司に相談できるようになったのは、プラスの点かな。

おきてがみ

リズム障害?

今日は通院だったんで、朝はゆっくり目に出て病院に。
でも、そこまで行くまでの行程が眠い眠い眠い。家を出てバスに乗って電車に乗ってバスに乗って・・とほとんど無意識のまま移動したって感じ。
完全に睡眠の時間帯なんですよね。

診察終わって薬を待つ時間も眠い眠い眠い。薬をもらって職場に移動するまでの電車の中でも眠い眠い眠い。
結局すっと目が覚めたのは勤務地近くの長岡京駅の近く。

この状況にまで眠いってのは、考えられることは一つ。リズム障害。
明らかに睡眠時間帯なんですよね。

主治医に相談すると、パキシルとかデパケンRとかの影響かも・・・と。デパケンはとめれそうだけど、パキシルは副作用が辛いのでやめられず。

そんなのをずらそうと、眠剤を飲むのをやめてみたり、いろいろ試し中。。。
仕事中に寝てしまうなんて論外!とは思うんですが、
眠剤を飲む→次の日の朝も眠気から逃れられない
眠剤を飲まない→朝4時頃まで眠れず、職場で眠気から逃れられない
なので、果たしてどうしたものか。

眠る時間帯が、23~6時ときっちり固定されていたら、そんなことにはならないんでしょうけどねぇ。困ったもんです。

まぁ今日は仕事がいろいろ資料作りが忙しかったので、それどころじゃなかったですが、でも午前中は眠かったなぁ。
明日以降も、この眠気との戦いは恐怖だ・・。

おきてがみ

人生の心得

勝負のこころという本を読み終えました。

著者は大山康晴(倍達じゃないよ)。昭和を代表する名棋士で、引退後に名人位を18期勤めて15世永世名人となった人です(1992年死去)。
僕は将棋はテレビで見る程度で、知識は駒の動かし方を知ってるけれど、指したら7歳の甥っ子にも負けそうなくらいのヘボですが(笑)
それでも大山康晴の名前は知っていました。今の羽生善治に匹敵する人ですよね。

もちろん棋士なので、将棋に関する話なんですが、全部仕事に置き換えて読むことができました。ここが読んでいて面白いところですね。

「過去の照り返しに生きるな」
「勝負は日常心にあり」
「山勘に頼るな」

これと同じような文章を書いたことのある人が確かいたなぁ・・・と思って思い出したのが、

野村の流儀です。

こっちの著者は野村克也。前・プロ野球の楽天監督です。

この二人は世代が似ている事もあるかも知れませんが、述べられていることが非常に近くて、仕事に限らず、生きる上での、迷ったとき、落ち込んだ時、アイデアが浮かばない時などに読むと「気づき」があっていいですね。

後者の本の中で好きな言葉は

「先入観は悪 固定概念は罪」
「未熟者にスランプはない」

という言葉です。いや、ほんと、勝負の世界に生きる人は厳しいです。

おきてがみ

焦りは禁物・・・というものの

プロセス改善という仕事をやってるんですが、、、人に説明するとなると難しいんですよ(笑)
一昔前で言えば、合理化とかになるのかな。

ぼくの携わっているソフトウェア業界だと「○人月」という「考えた奴は誰だぁ!」と海原雄山(by美味しんぼ)ばりに切れたくなるような制度があります。

でもってこの世界では、5人で3ヶ月かかる仕事は5×3で15人月、なんて計算をするわけで、
じゃぁ15人がかりでやったら1ヶ月で終わるんか!みたいなツッコミが20年くらいずーっとされていたりするんですよね(笑)

その中に「個人のモチベーション」っていうのは計算に入っているのかな?とか思ったりするわけです。

僕が社会人になってからは、今の会社しかわからないのですが、どうもリワークにいて、そこで取り組んでいた人達の方が、元気だった気がする。

もっとも、自分自身のリワークの訓練と会社ってのは全然違うので、単純比較はできないのですが、リワークで自分が作ってきた「熱気」との落差、ここでしばらくは苦労することになりそうです。

リワークで半ばムードメーカーをやってきた反面、職場でそれができないと、自分の気分として挫折するかも(苦笑)
いや、その熱気を自分で作らないといけないんだな、とか思ったり。

それとも、焦っているのかな?

おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ番外編 ~うつと「岡田斗司夫ひとり夜話」~ その5

長々書いてきましたが、これで最後です~。

以下のvoi.6(大阪、2/13)、voi.7(大阪、3/20)のお話は、おまけ的なお話になります。

ノート術の話で関心を持って他に得たものとしては、まずは「無理矢理でもやる」ということ。
継続は力ではないですが、続けることが大切です。

ただ、続けることが大切というのは、しんどくても続けるということではありません。しんどくなると、レベルを落として続ける、ということが大事かなと思います。毎日2ページを書く、と言っても、毎日毎日2ページアイデアが浮かぶわけでもないですが、書いてみようと努力することが大事、また、書けなくても、1行でも一言でも良いので、書くことが大切、そう思います。
うつ期における日記やメモも、本当の低迷期はともかく、少し元気な状態から、復帰に向けて浮上する時期においては、やはり「継続」というのを意識する方がいいと思います。
継続と言っても、先を見るというよりも、1日1日を愚直に生きていけば、気がついたら1ヶ月経っていた、という感覚ですね。

ついでこの時にも出てくるキーワードは、再びになりますが「共感」です。
このvol.6の時は、岡田さんは、今までのノート術の話で展開されてきたことをさらに一歩進めて「論理的な展開というのは、自分にとって論理的であればよく、世間から見て論理的である必要はない」というオレ理論でよいという風に言い切っています。

何かを主張する時には、自分にとっての「正しさ」を主張するというスタンス。これは正しいのではないかと思いますす。もちろん自分の「正しさ」と相手の「正しさ」が相反する存在であれば、議論になることもあります。

しかしながら(もっともここから先は、岡田さんのようなクリエイターの理屈なんですが)そもそも、何かを表現するという行為は、他人から見て「狂っている」「矛盾している」というポイントを追究し「人から見てずれている自分」の部分、そこを強く押し出すことにより、世界における自分の役割を定着させる、すなわち本当の意味でのオンリーワンの道が生まれてくることになります。これが自分が社会に存在する意義を意味することになるのではないか、と思います。

さらにそれを推し進めて、少し自分の中で安定してきたら、利己的な目標+社会的に(ちょっと)良いことをやって、社会に還元する・・・もっとも、この部分は、うつがどうこうというよりも、西洋のノーブレス・オブ・リュージュ的な考え方も入ってくるかも知れません。
これは健康になって仕事を全うできるようになったら考えることかなぁ。。。

この話を聞いていた頃の僕の状態というのは、だいたい普段の生活も安定していたというか、時折復職センターに出所できないときもありましたが、でも時々考え事をしても停滞したり、グルグル思考が回ってみたり、という感じでした。

そんな感じで、最後のvol.7を迎えることになります。

vol.7のひとり夜話では、壮大な社会実験として「会社を作る」という話になります。
(もっと言えば、岡田さんは「世界征服を目指す」と言っています)この「会社」の内容や概念は、今まで普通の経済社会における「会社」という概念(労働を行い、対価として給与その他の報酬を得る)からは大きく異なる団体になりますので、簡単に説明をするのは難しいです。
(興味がおありのかたはオタキングexなんかご覧ください・・です)
この話は僕のうつ話のメインにならないので、ここはちょっと端折ります。

なので必要な範囲で説明をしますと、今の時代というのは社会の大きな変革期にある、という話がここで出てきます。
歴史にならうなら、
・狩猟民族が農耕を覚えた時(第1の波)
・科学が発展を開始しはじめる19世紀の産業革命の時代(第2の波)
それらに続いて、今の時代は、科学万能の時代が終焉を迎え、コンピュータやネットワークの発達によって始まる情報革命の時代、すなわち「第3の波」という時代にある、と指摘します。(元ネタはアルビン・トフラーの「第3の波」です)


「第3の波」の時代になる少し前の、科学の終焉の時代についての話になります。

(第1の波の話・・とかちょっとメモするの忘れた)第2の波の時代、すなわち産業革命のスタートによる科学の時代になって、子供への教育が変わった、という話がここで出てきます。どういうことか?というと、昔の農業の時代であれば、子供の教育と言っても、農業生産できる子供がいればよかったので、自宅で親が生活に必要な知識を教えていれば良かったわけですが、産業革命の時代になると、子供への教育が変わってきます。
産業革命、すなわち工業化された社会になると、農民時代と異なり、大人は工場に出勤して仕事をしないといけないので、子供に教育を施す時間がなくなり、また、その子供も、農民時代と異なり、工業化社会に適した「工員」を生み出すための教育になります。日本で言えば、明治時代の富国強兵や義務教育的なものができた時代を当てはめるといいと思います。
この時代の教育の目的というのは「一定の能力をきっちりと継続的に発揮できる人材を作ること」でした。
工員ですからね。

その後、第二次大戦が終わると、ここで世界の潮流が、富国強兵から経済戦争の時代に移ります。
端的に言えば「儲けたモノ勝ち」ですね。
そういう時代になってくると、求められる人材というのは、上の「工員」から「儲けるのが上手い人」に変わってきます。日本が戦後経済成長できたのも、そこに長けていた、かも知れません。
しかし、今のようにリーマンショックのような事件や、日本のバブル後を見ると、どうも経済成長という考え方も、頭打ちに見えつつある。
そこへもって来てコンピュータの発達やネットの発展による、情報革命という波が起きつつある。

情報革命といえば、まさに今ここでブログを書いていること自体が、十分革命的と言えるでしょう。

昔は自分の意見や、文学作品を発表するとしても、出版のルートを持っていないと駄目でしたが、今はWebで簡単に作品を発表できますし、逆に読者も読むことができます。(昔も意欲的な人たちは、同人誌なんてものを作って活動していましたが……)

経済が頭打ち感があって、不景気から脱出できそうにもない、就職も大変、というのは、複合的要素もありますが、経済社会の終焉というのがあるのではないか?

じゃぁ今後どうなるのか?これが社会全体でなんとなく抱えている不安なのでは?
それが、今を幕末の時代に喩えて、たとえば江戸から明治に移行するとき、徳川幕府の人間は昨日までは正義だったのが、維新後に悪にされてしまう、そういう価値観の変化がくる時代はもう来つつあるのではないか?という話でした。

そこから先に、これからは評価主義の時代だ!会社を作るぜ!という話が出てくるんですが、そこは横においといて(笑)

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ここからは僕自身のうつに関係する話をします。

そういう経済戦争の時代、そこには、科学の力を信じていた人たち、科学万能主義みたいな風潮があったと思います。
1970年は大阪万博は、その絶頂期を示す象徴だったと思います。

ひとり夜話vol.7の中でも、科学万能主義を夢見ていた人たちの時代(今から40年くらい前の時代でしょうか?)の夢が破れ去ったことを象徴する話が行われます。
この辺りは、SF好きの岡田さんの真骨頂と言えましょうか。
大昔、SF好きだった人は、SFの時代は、完全なフィクションではなかったはず。未来の乗り物も、ロボットも。そういうものがまだ信じられていた時代だと、科学というものが発達すると、人間の暮らしは便利になると信じられてた。

しかし実際どうなったかと言うと、しんどくなったことが多いのではないか?

僕自身も鉄道好きの観点で思うことですが、大昔、東京~大阪間を蒸気機関車で10時間くらいかかっていたのが、新幹線で3時間弱で移動できるようになると、昔は泊まり出張だったのが、今は日帰り出張になっただけで、全然楽になってません。
むしろ今は、新幹線の中にコンセントやネットまでくっつけて、移動中まで仕事をやらせようという有様です。
もう一つ余談ですが、ホンダの二足歩行するロボット「ASIMO」を見たとき、これがもっと機能があがって月20万でレンタルできるような値段になったら、多くの人は仕事なくなるんじゃなかろうか?そんなことを思います。

これが果たして人間にとっての進歩と言えるのかどうか?少なくとも、幸せなのかどうか?
技術職なんてやってますが、技術の進歩の行く末にあるものは一体なんなんだろうか?

自分自身は理工学系の学生だったにも関わらず、どうにもこうにもこの疑問だけは解けずにいます。

というよりも、小中学生の頃にコンピュータの世界に入ったころから、大学生になる頃までに「なんとなくぼんやりとした不安」というものが、自分の頭の中に浮かんではいたのかも知れません。それがネットの発達や、社会に出て、実社会での経験を経たところで、どんどん確信に近くなっていく恐怖、みたいなことを考えているのかも知れません。

その上で(僕のうつは環境など成長過程に拠るところもあるのですが)普通に仕事をしていて、ストレスを感じてしまうという人がいるならば、上に書いたように「社会の変革(経済主義の時代・科学万能の時代→情報革命の時代)の時代の犠牲者、あるいは、どうもこのままではやばいのでは?と敏感に気づいている人」ではないか?というのが僕の仮説です。(岡田斗司夫理論でいう「俺に言わせれば」という極論です(笑))

もちろんそう決めつけてしまって、思考停止して「社会が悪い!」と言って責任転嫁してしまったら、ただのだだっ子なのですが、いわゆる「ストレス社会」の原因を求めてしまうと、結果そうなってしまうのが僕の持論です。

では、大切なのは、どう変えるか?

卑近なレベルでは、まだまだ今まで通りの経済主義の社会がつきまとうでしょうけれど、10年先になると、どんな社会になっているかなんて僕は想像はつきません。

ですが受け身ではなく、積極的にモノを考えた方が面白いのかな、と思うわけです。
そのためのヒントは、まだまだこれからいろんな形で出てくるのかも知れませんし、本当に「FREE」の唱えるフリーミアムの社会が実現してしまうかも知れません。

フリーミアム社会で大切になってくるのは「お金で商品を買う」という時代よりは
「それ作ったら面白そうだから、オレも制作に参加する」というボランティアに近い形や、あるいは
「使ってみて面白かったから、お金払う」というファン精神的な「買い支える」形に近いもので、そこに必要になってくるのは、結局一番最初の話に出てくる「共感できるか?」というキーワードなんじゃないかなぁ、と。




……と、話が大きくなってしまいましたが、自分が感じている「うつ的なモノ」というのは、そういう変革期に見られる苦悩じゃないかな?と考えると、この病気にも意味があるのだという捉え方もできてきます。
というか、そうでも思わないとやってられません(笑)

「ひとり夜話 vol.7」の中での岡田さんも、変革期には多少の犠牲者が出る、ということを述べています。大げさに言えば、幕末の変革期に日本も大混乱に陥ってますが、そんな状態かも知れません。目に見えて秩序が保たれているだけで。
もっと言えば、それが今は個々人の問題にされているだけだ、なんて言ってみたりして。


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おまけ

岡田さんが話の中で述べていたのですが、
「就活だと、上位3%程度が好きなところに就職し、80%が苦労をし、残りは就職すら認められない」
「恋愛だと、上位3%程度が死ぬほどモテる、80%が非モテ、残りは恋愛すら拒否」
そんな時代よりは
「希望する人の60~70%が、ほぼ幸福になる社会」
が岡田理論の「健全な社会」らしいです。
(ベンサムの「最大多数の最大幸福」の発想に近いのかな?)

今の社会って、健全とは思えないなぁ・・・と思う人がいたら、ぜひ参考にいただきたいところです。


おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ番外編 ~うつと「岡田斗司夫ひとり夜話」~ その4

少し間が開きましたが、続き。

僕が参加した4回目になるのは、年があけて2010年になってすぐの1/9大阪のvol.5。

話の導入では、面白いブログの書き方、みたいなお話でした。
「自分の持ちパターン」を早く作る、という感じのお話で、まぁ病気のこととは別に、このブログの話というのは、表現という点で参考になりました。

病気であろうがなかろうが、ブログというのは基本的に感情の発露なので、上手く書こう、とか、綺麗にまとめよう、とか、小賢しいことを考える以前に、自分の語りたい事、感情をどう持ち込むか、という視点が大事ですよね。

昔、政治ネタブログをやっていた頃のことから思うことですが、正論だけなら少し考えれば吐ける。でも、それだけじゃ読み手は面白くないわけで、面白くするなら、その中に自分だけの拘りのある偏り・無茶な意見をあえて入れることも大事だと思うわけです。その「偏り」という状態を恐れてはいけない。むしろその偏りこそ、真の意味での「個性」として残るというわけです。

まぁこの辺りはブログの話ですけれど、フレームを拡大して考えると、人生そのものにも適用できますね。他人に迷惑をかけないのなら、自分の「偏り」というのは「個性」と言う言い方もできます。

案外この個性というのもやっかいなもので、自分は面白いと思っていなかったり、しょーもなと思っていることが、他人には個性的に写ったり、希有な才能に見えるという場合もありますので、まずはアウトプットをしてみて、他の人に意見をもらうというのは大切かも知れません。

そうそう、で、そのフレームという言葉についても述べてみます。
フレームというのは、写真のフレームや、カメラのフレームワークなんて言葉でも使われるように、日本語で言えば「枠」ですね。

物を考えるという場合においては、フレームというのは、思考の枠、すなわち、物を考えるときの思考の枠組み、物の捉え方という言い方もできると思います。

「ひとり夜話」の中では、このフレームの話について、映画のシーンをモチーフに紹介していました。
たとえば、映画の一シーンがあったとして、そのフレームを小さくしていけば、そこに写っている人や物があり、さらに小さくしていけば、出ている俳優の表情や服、さらには服の柄や素材・・・という感じで、同じ場面でも細かく拘りを持ってみていくことができる。逆に、映画の一シーンから、フレームを大きく取れば、セットがあり、カメラやマイクなどの機材がある。もっと大きく取れば、それをカメラマンの他にスタッフがおり、指示を出す監督がおり、技術や技術のスタッフがいる。もっともっと大きな目で見れば、その映画のスポンサーをしている人たちをも想像できる。

こういう風に、一つの事象について、フレームを大きくしたり小さくしたりして見る、ということができます。
映画の話だけではないですが、普通の人生における一場面でも使えますし、いくらでも応用の利く話です。

再びうつの話に戻りますが、僕自身の経験で言えば、このフレームの拡大・縮小の話は「自分の視野」という言葉で置き換えて考えてみました。
するとわかるのは、自分の心の調子が良くないときは、このフレーム(視野)が完全に固定されてしまいます(小さくなってしまう、というわけではない)。柔軟性を失うんですね。たとえば、仕事で苦しくなってもう駄目だ、という時には、仕事やめないと、みたいなフレームで固定されてしまう。柔軟に考えるならば、フレームを小さく考えれば、仕事を細分化してできることからやっていくとか、フレームを大きく考えるならば、人生に仕事はそれしかないわけじゃない、などいろいろ考えられるはずですが、それができなくなってしまう。まさに「固定化されてしまう」という状態になります。

ということは、逆に考えると、フレームの可動域が大きいか小さいか、というのは、僕に取っては体調や気分の良・悪とリンクしているということになります。
一つの物事の見方として、自分の中で思考実験をして、アイデアが良い物・くだらない物がいろいろ数多く出てくる時というのは、そういうフレームの可動域が大きい時で、すなわち体調が良いとき、逆にあんまり思い浮かばない時は、体調が悪いとき、ということです。
そんなに難しいことじゃなくても「精神的に追い込まれると視野が狭くなる」という状態は、うつ病になると経験することが多いと思いますが、この「フレームを大きくしたり小さくしたりできるか?」というのは、自分の気分をはかるのにはとてもいいのでないかと思います。普段から自分自身で認知療法をやっておくようなものですね。

上の話の応用ですが、頭の引き出しというのも同じようなことが言えると思うんですね。
多くの人が、自分の過去の経験談などを記憶している「頭の引き出し」を持っている、と思うんですが、どうしても心が冴えない、頭が冴えない時は、この「頭の引き出し」が錆び付いているのではないか?と思います。
頭の引き出しというのは、しょっちゅう出し入れをする、すなわち、他人と話したり、他人から聞いたり、あるいは思い出したりすることで「頭の引き出し」というのは動くようになっていくと思うので、この引き出しについては、動かせば動かすほど、使える引き出しは増えると思いますので、そういう意味でも、会話やコミュニケーションはとても大事なことなのかも知れません。

次が最後ね。


おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ番外編 ~うつと「岡田斗司夫ひとり夜話」~ その3

ちょっと間が開きましたが、続きです。

ひとり夜話vol.4の話の続編になるんですが、vol.4は結構為になった話が多かったように思います。

ノート術のヒントになるレコーディングダイエットの話でも、為になることがありました。

レコーディングダイエットの極意も「成功を目指すのではなく、失敗を回避する」というところに力点が置かれています。「これだけ食べるのを我慢した」という我慢の発想から「これだけ食べてしまうという失敗を犯さずに済んだ」という逆転の発想です。
うつの治療も基本の考え方は、失敗したことの反省よりもやれたことの評価なので「やれなかった、ああどうしよう」よりも「これだけやれた」の発想でいく。これが大切になるんでしょうね。

失敗した場合も、ハードルを下げて「プチ成功体験」の積み重ねで、長い目で気づいたら成功していた。

このスタンスは、レコーディングダイエットもそうですし、ノート術もそうですし、応用すればうつからの復帰も同じです。うつからの復帰もだいたい同じ事を言われます。(前回も書いたことですが、うつになる人の傾向として、完璧主義なところがあるので、裏返せば、ハードルの高さを設定せずに挑んで失敗して自滅、という人たちに「ハードルを下げましょうよ」というアドバイスをするのと同じなんですよね)

ノート術についても、継続して「やるんだ」という意志を持ち続けていれば、失敗する可能性の低い、いい方法だと思います。「ひとり夜話」の中でも、いきなり完成型を提示して、こうするんだ!とどや顔をされるわけではなく、ノート術には「助走」「離陸」「上昇」という3段階のプロセスがありますが、レコーディングダイエットにしてもうつからの復帰にしても、一気にやろうとせず手順を踏んで少しずつ上ればいい、ということを考えたのもこの時期です。なので、復職に向けてのプランというのも、長期的・中期的な目標はもちろん立ててはいましたけれど、それ以前に「1日の過ごし方」の重要性を再確認したのもこの時期でした。

岡田斗司夫式ノート術は図で説明するのがいいのですが、ちょっと横着してこちらの記述から拝借して

目的 面白い事を考え。楽しく生活。アイデアを作り出す
原則 右に論理。左に面白。

助走  (週に2ページ)
    あった事をスケジュール帳等に書くだけ(名詞+動詞)
    見開き1週間

離陸 (週に2ページ)
   「あった事に採点」(10~5まで)
   マイナスはなし
   「楽しさ」「やりがい」「評価」で採点

上昇  (毎日2ページ)
   右に日付と論理。左に面白

右側に書く論理。論理の書き方

【考えたこと】→ということは?→どうなる?→どうする?(自分はどうするか?)
       ←他に似たこと←あれ?前にも…
              ←あれ?逆に…
              ←あれ?同じような…
       →なぜ?→なぜ?なぜ気になる?(何故自分は気になったのか?)



うつで仕事を休むとなると、慌てて戻ろうとして失敗したり、戻った時のことを想像して体調を崩してしまったりするものです。「うつになった時に大変なのは、うつになるまで」「そこから最低限の生活ができるように回復するまで」もそれなりに大変ですが、一番難しいのが「体調が回復してから仕事に完全に戻るまで」の経緯だと思います。僕自身は鬱での休職は4度目になるのですが、過去3度は、そこらへんを適当にしていたので、戻ってからまた潰れる、という繰り返しをしていたように思います。
おそらくダイエットをされた方というのも、リバウンドが怖いと言いますが、まさに「継続」の難しさを表現しているように思います。

うつからの復帰での難しさ、すなわち、復職してからの「継続」の難しさ、ここをどう克服するか?この時期は徹底して考えました。まだ実際に復職はしていないので、その証明はこれから自分でするしかないのですが「遠いことを考えるよりも目の前の一日を重視する」
これが全ての解ではないにしても、ヒントくらいになるのでは?と思っています。

12月からは、2010年用の「ほぼ日手帳」を購入していたこともあって、きちんとした形での日記をこの頃からつけ始めました。それまでは、何かを思いついた時に、手帳に日付とメモを適当に書く、というスタンスでしたが、ちゃんとした日記形式を取り始めたのがこの12月で、そこの中で、その日の体調とできごと、そして行動に対しての点数をつけるというスタイル(「離陸」の形態)を取りはじめて、だいぶ自分の振る舞いの「見える化」ができたので、病気の時に、このノートの使い方を知ったのは大きかったです。

ノート術の効用としては、他には、本来の目的である「面白い人を目指す」というものでしたが、その途中過程も見逃せません。
見開き2ページ形式になってからのノート術について「「思いつき・アイデア」→「仮説・意見」への展開を経て、その仮説をロジカルに強固にすることによって、自分の見識というものは形成される」という話があるんですが、この見識、すなわち「俺に言わせれば」という考え方も、自分の病気の治療にフィードバックさせることができました。

うつという病気は、治そうと思うと本当に自分自身と正直に向き合わなければならず、その中で、社会生活を送る上で治さないといけないことは治さないといけない(僕の場合、人に相談することのが下手で抱え込んでストレスになってしまうこと、というのは、改善しないと、社会生活に影響する)し、治さなくてもいいのに周りに同調して抑制することでストレスと感じている部分は、どうやっても譲れない「見識」と解釈することで「譲るべきこと・どっちでもいいこと・譲ってはいけないこと」を明確にすることになります。

すなわち「譲ってはいけないこと」は、完全に譲ってしまうと心の中で負荷になってしまうので「俺に言わせれば」それは「見識」であり「個性」である、と定義することができます。(もちろんそれで他者と議論になってしまって摩擦を生じる場面もあるかも知れませんけれど)

この辺りの解釈の仕方というのは、都合のいい解釈をしている部分もあるなぁ、と思ったりもしますが「俺に言わせれば」都合のいい解釈でハッピーならいいじゃん、それが俺の見識だし個性なんだ!と。

さらに進めていくと、自分の楽しいの定義は、自分で決めればいいんだ!とも言えますね。もっともそれは今までもやってきていますし、仕事なんかの場所だと、相手がどう思っていようと自分が楽しければいいや、くらいでも、自分を防衛するためには大切かも知れません(仕事に無責任という意味ではなく)一番理想は、相手も自分も楽しい、というwin-winの関係なんですけど、そこまで今の自分では無理です。理想ではあるんですけどね。でも仕事をしている人でwin-winの関係を目指して仕事をしている人なんて、実際どれくらいおるねん!とツッコミたくもなります。

しかしながら、こんな風に、自分の見識を表に出す、アウトプットすることは、自分自身の自信にもなるし、また、フィードバックもどこかで得られるのかなぁ。そんなことを考えたりもしました。

まだ続くよ(笑)

おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ番外編 ~うつと「岡田斗司夫ひとり夜話」~ その2

僕にとっての2回目の「ひとり夜話」は、vol.3、11/23大阪の話でした。

ここではイベントの内容をまとめ、それをブログに載せる、という条件で、岡田さんからレジュメを配布してもらう形式で、頭がいいとはどういうことか?の話、話術の話、恋愛の話、人生の話について、少し重いテーマで話をされていた。
これらの内容と感想らしきものについては、自分の過去のブログで書いていますので、リンクだけをして割愛します。

この話の中で思いついたのは、主題と関係のないところで述べられた「打席に多く立つ打者は、打率が下がる」ということ。(もしかしたら、これはだっしーさんが、その直前に参加した奈良での講演の話で出された話題だったかも?)

うつという病気の特徴の一つが、他人への表現が不得手、コミュニケーションを図るのが不得手、という特徴があるとするならば、それは「打席に多く立っていないから」だと思うんですよね。

よく言われる「0か100か思考」とか「白黒思考」とかも「打席に立つ以上ホームランでないといけない」という言葉で置き換えが効くような気がします。話やコミュニケーションがうまい人は、最初からうまい訳じゃなくて、それだけ打席にも立っているし、凡打もしているということですよね。

そのフレームを拡大していくと、それは仕事にも言えることです。
仕事も、ミスを恐れているよりも打席に立つその勇気を賞賛し、失敗を恐れて打席に立たない怯懦こそを恐れ、批判されるべき、だと思うのですが、どうしても仕事をやる以上は上手くやろうなんて、賢しげなことを考えてしまう。
結局「やらない完璧主義」になってしまうことが多いというのが、この時のやりとりで気づいたこととしては大きかった話のように思います。

翻って病気の話に置き換えますが、復職センターでいろいろな取り組みをやるときのスタンスは「小さな成功を元に自信を回復」「ミスをしても、その中で得るものがあれば、成功と考える」というのが基本スタンスです。この考えもまた「打席に多く立つ者は~」に共通しますよね。凡打の中にでも得るもの、次回の材料となるものがあれば、それは成功と考えると、凡打も無意味だったりミスとは言えなくなります。
いわゆるミスと呼ばれるものは、課題抽出作業になるんですね。

ついで手元にあるメモの中から掘り起こした話では「完全に言語化して伝えることを諦める」というのがあります。どういう流れでの言葉かちょっと失念しましたが、自分の解釈では「理屈で100%自分の思いが完全に伝わるなんてことはあり得ない」というくらいに解釈しておいた方が、言葉を使う上では、気分的には楽になりますね。
うつの際のコミュニケーションに関する講習でも「自分の言ったことが良い意味で解釈されるか、悪い意味で解釈されるかは五分五分だ」という話があり、実際、ある種の諦観を持ってそう考えると、自分の物の言い方が素直になってきます。誤解をされた時に「なんでわかってくれないんだ!」と憤るよりも「ああ、そういう解釈もアリか」というスタンスだと、ストレスも軽減されるんですよ。

「こう伝えたい!」と的の真ん中を射貫こうとすると難しいですが「だいたいこんなもんやろ」というラフさ、漫画で言うと「アタリつける」という感覚を持つと楽になる(これと同じ話は2010年4/10のオタキングexのイベントの中に出てきた)。こういう、いい意味でのいい加減さというのは、取り入れたいと思ったことの一つです。

3回目は12/19のvol.4。主にノート術の話でした。

ノートに関しては、ノート術というほどすごいことはしていませんでしたが、日頃のことをノートに書くという習慣はそれまでもありました。うつ病になってから、いろいろな取り組みの延長で日記を書く習慣をつけたというのもありますが、日頃のことをノートに書こうと思ったのは別の理由です。元々の由来は、だっしーさんと二人で雑談をしているときに、話が発散することもあって、一人で考えていたのでは絶対に出てこないアイデアやいろいろなネタがポンポンと出てくるので、そのまま消えてしまうのはもったいない、ならば、いっそ雑談をするときにはICレコーダーで記録し、テキスト起こしをすると、ブログネタになるようなことが出てくるのではないか?というものでした。

で、それを自分一人にいる時に当てはめてみると、僕の場合は一人で電車で移動しているときや、空き時間にぼんやりと、体系だった思考ではないですが「何か小さいことを思いつく」ということがあるので、その「思いつき」が一時でそのまま消えてしまうのはもったいない!と思い、いつでもどこでも書けるように、手帳やロディアのメモ帳などを持ち歩いてメモを取る癖をつけてました。

岡田さんのノート術は、肝心の部分は左ページ(面白部分)にありますね。理屈民族の人たちは、右ページ(論理ページ)を埋めるのはそんなに難しくないはずです。僕の場合は、普段からちょっと物を考える、ということをやっていたので、2ヶ月後には巡航状態には移行していました(ちなみに今の僕は、スケジュール・日記は「ほぼ日手帳」、アイデア母艦はキャンパスノート、メモや思いつきは新書サイズのMDノート(+ロディア)と、3つに分ける美崎栄一郎方式ですが、アイデア母艦ノートは、岡田スタイルを使ってます)。特に左ページを充実させることを目的としないと、このノート術の最終目的は達成されません。痛感します。

僕は絵は下手ですが、左ページ(面白ページ)には、頑張って絵を描いたり、時には小説のプロットを書いたり、単においしかった料理の話を書いたり、中二病な台詞を書いて悦に入ったりしている程度ですが、実際はそんな感じではないでしょうか?

「ニーチェは中二病」「ニーチェは哲学界の島本和彦」とかこの頃発言していたのも、こういう発想の延長ではないかと思います。
(延原訳のシャーロック・ホームズも島本和彦っぽいですけどw)

このノート術は、目的が「面白くなるためにやる」というモチベーション向上にわかりやすい目的をあげていたことが、取り組みやすかったことにあります。

ここで「面白い」というキーワードが出てくるんですが、これもまた大事ですね。たとえば、生きていく上で「面白いこと」ってのは大事だと思うんですよ。
ビジネス啓蒙書や自己啓発書の類は、この視点が抜けている気がする。ノート術の話にしても、最近はビジネス書で話題になったりするんですが「効率を上げる」ということには躍起になっているんだけど、それをやってどう得なの?そもそも楽しいの?と思ったりするんです。手段が目的化している例ですよね。

仕事関係でうつになる人というのは、どうも仕事に依存しすぎている気がします。まぁ確かに仕事は生きていく上で重要な要素ですけれど、仕事は人生の中で絶対や、まして全てではない。仕事が辛いから人生辛いという考えに陥りがちです。これは僕自身もそうです。でも、人生の最大幸福のための十分条件は「面白いこと」ではないのか?仕事だけで全ての人生の印象が決まるような状態が果たして幸福なんだろうか?

そんな大きなことを考えていてもしょうがないのですが、それでも、自分の哲学的な思索癖がこんな形で出てきたというか、どうしても考えてしまわざるを得ない。

そんな状態の中で、一つ、仕事について考えたことがって、それは「仕事に戻った時に、仕事が面白いと思えることをやろう」ということ。面白いと言っても、仕事の業務の中でやることなんで、制約もあるしそんなに大したことはできません。けど、発想次第で面白くすることはできるはず。仕事への取り組み方、メンバーとのやりとりの仕方などなど、面白くできそうな要素はあると思うので、他人は脇において、まずは自分が面白く、ついで、他人を共感して取り込む。そのプロセスを実践する、というのを復職の時の目標に据えました。

逆に言えば、それで駄目だったら、仕事そのものを辞めて、上で考えたような自分の「世の中楽しんだ者が勝ち」理念を受け入れてくれそうな職場を探せばいいし、職場じゃなくても今行っている復職センターでも、それに近いことをやればいいや、と思いました。うつ病だからって、別に暗くする必要なんて、正直ないやないの?と思ったんです。

第3部は明日の予定です~。

おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ番外編 ~うつと「岡田斗司夫ひとり夜話」~ その1

時折ブログで「うつにまつわるエトセトラ」という形で、自分のうつとその復調・変調および、その際に思ったことを書いています。

本来、他の人のうつ闘病記ブログなどを見ると、毎日の自分の調子や思ったことを書き綴っていくというのがいいのかもしれない。が、自分の場合は復職センターに行って本を読んで、ついでにtumblrまで手を出していると、そこまで行くまでに一日が終わってしまうという感じで、ぶっちゃけまとまった文章を書くのが面倒くせぇ、という感じになってしまってまして(笑)

そんなこんなで、長いこと書こうと思いながらまとまっていなかった、自分のうつと「岡田斗司夫ひとり夜話」の話をまとめておこうと思います。自分の病状と、ひとり夜話の話を平行して書いていこうと思います。もうすぐ復職の準備で忙しくなることですし。

その当時の自分の病状は、週に4日、復職センターに行くのがやっと、という感じで、仮に出所した(仮出所・・)としても、10時~15時でパソコンで作業、という状態でした。

「まだまだ仕事できる身体には遠いなぁ」というのがそのときの正直な実感!

それでも、行くことでいろんな人と話をすることで、休職時に一人で自宅に籠もっているよりは、外に出て話を聞いたら、それに刺激を受ける→そして自分の考えを再構築→それを他の人と共有、という循環もあって、人と話をすることは苦痛ではない時期でありました。
特に認知療法なんかで、人の話の受け止め方、みたいなものを考えていた時期でもあります。そんな時期に、だっしーさんから「ひとり夜話 vol.2」のお話を受けました。

だっしーさんに聞いたところでは、なんでも、GyaO時代から聞いていたラジオ番組がイベント形式になったもので、その後のイベント「ひとり夜話 vol.1」を行ったら面白かったらしくて「こんな面白いものは、純さんを誘って布教せねばならない!」と、理屈民族としての電波を受信してしまったのが、僕を勧誘した経緯のようです。

そんなわけで、僕が参加したのは、10/16大阪でのvol.2から、ということになります。

vol.2のお話の中で、表面的に面白かったのは、やはりお台場ガンダムの話でした。
ガンダムに限らず、ディズニーなどを宗教と擬して語るのはよくあると思います。ガンダム好きも宗教の一種でしょう。関西に住んでいる僕からすれば、阪神タイガースも(多くの)関西人の心の支えという観点では宗教の一種だと思いますし、実際そんなエントリを(昔の)ブログで書いたこともあります。

しかしガンダム好きを仏教に喩えた後に、その中でも大乗と小乗がある!という、そこまで突くか!という意味ではかなりノックアウトされました。ガンダムが好きで好きで好きすぎる人ほど、ファーストしか認めない!とか、そういう苦悶を抱えて、一生かかっての修行になり、それこそが解脱への道につながる。

この奥深い解説に納得してゲラゲラ笑いながら聞いていましたが、そんな話はさておき。

このvol.2の中で大きく感銘を受けたのは、ロジカルシンキングなんて言葉が洒落臭い、論理的思考を宿命づけられている「理屈民族」にとっての幸福とは何か?という話になったところです。

これまでの自分の中では、論理的思考を追究することのゴールは「正論を吐くこと」「真理に到達すること」と思っていたんですが、「ひとり夜話」の中で、岡田さんは「理屈をこねることができる頭の良さを利用して、聞き手の『共感』を得ること」と述べられました。
僕としてはこれはかなり衝撃でした。そうか、正論を吐いても「受け入れられないと意味がないんだ!」と。

これはたいしたことを言っていないのかも知れませんが、この「共感を得る」という視線は、それこそこの言葉自体が自分の中で「共感した!」という感じでした。そうするといろいろ見えてくるものがあります。

自分が社会で生きにくいと感じる場面があるとしたら、その「共感」を今まで考えずに生きてきたからではないか?あるいは、正論を吐けば、共感してもらえるだろう、という空気があったからではないか?特にネットの世界だと、ネットで言論ブログをやっていた経験からも、尚更のこと「正論」に拘り、結果として自分が生きづらいと思っていたのではなかろうか・・?

他人と話をする時に「正しいことを言う」から「共感してもらえることを話す」「共感してもらえる話し方を考える」。
このパラダイムシフトは病気からの立ち直りを考えるときに役に立ちました。

うつ病の書籍を読むと、コミュニケーションの問題が話題になることがあります。
少し専門的な表現だと、アサーションという名称で説明をされてまして、適切な日本語に訳すのが難しいですが、強いて訳語を作るなら「自他配慮」辺りでしょうか。

自分の言いたいことだけを主張し、相手の言い分を聞かないのを「アグレッシブ」、相手の主張を一方的に飲み、自分の主張を飲み込んでしまう「ノンアサーティブ」として、アグレッシブ、ノンアサーティブ共に、アサーションの観点からはいずれも問題ありとされます。(特にうつの人は、自己主張を抑える(=ノンアサーティブ)ことで「いい人」を演じるという傾向があり、自己主張を抑えることは、ストレスの原因になるので、メンタル的に潰れやすいということですね)

僕自身については、ノンアサーティブとアグレッシブの両極端な部分がありました。

前者のノンアサーティブな面については、ブログをあんまり書かないとか、そういう形で出ていると思ってください(笑)しょこたんみたいな真似はできんなぁ。
後者のアグレッシブな面について、ですが、議論や理屈に通じるということがそれまでの「正しいことを言う」という解釈による言い方だと、うつの人と話をする時に、きつめ(アグレッシブ)な受け取り方をされるので、どうしても、アサーティブなやりとりというのを、復職センターでは推奨されることになります。
この言葉は、ここで暮らすときにはキーワードになりますね。

では、アサーティブとは何か、と考えると「あ、そうか、岡田さんが言うところの『共感』と同じやん!」となるわけです。

そして、ここで示唆されていることは、

1.理屈は話す技法によっては、同じ内容で相手を説得もできるし、反発させることもできる、ということ。
2.人間の感情というのは文章の内容とは切り離して考えることができる、ということ。

の2点です。

正論というのは、どや顔をして「この理屈の正しさを知れ!」という言い方もあるんですが、表現の仕方によって「この考え方ってどうよ?」という、自分の意志を提示し、それに相手の意志との共有を図る、というのが「正論」の正しい使い方に気がついた、というべきでしょうか。
そしてコミュニケーションにおける成功(説得できたという状態)は「共感をしてもらう」ということです。

もっと論を進めれば、自分の話したい意図・気持ちが正確に伝われば、言葉による表現、巧拙は重要な問題じゃないという考え方もできます。多少文章に無理があっても、勢いで圧倒して自分の主張が伝わる文章!こっちの方が、共感させれば勝ち。これは、うつで休職中におけるコミュニケーションを考える上で、非常に重要でした。


というわけで、今回はここまで。
第2回以降に続きます。

おきてがみ

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