さくらのみや日記

さくらと日本と鉄道好きな、野良プログラマのブログ。

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おきてがみ

飲み会でした

職場の飲み会でしたので、今日のつらつら語りはお休みします。

ただ職場の飲み会なのに、まさかまさかの岡田あーみんネタで盛り上がるとは思っていませんでした。
えらい金鉱を掘り当ててしまったぞこれは。

あと、職場で「ガラスの仮面の会」なるものに参加させられそうです。。。ひいぃ。

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おきてがみ

鷲田小彌太さんの「自分で考える技術」を読み中です

長らく更新をさぼっておりますが、なんとか生きております・・。

本屋で通りすがりで手にとってみた、鷲田小彌太さんの「自分で考える技術」を読んだりやめたりしながら読み中です。



平易で読みやすい文章で、すごぉく奥深いことを語っているような、表面的なようで、それでいて簡単そうに見えてやり続けることが難しい・・うーん、不思議な文体です。

ちなみに私は恥ずかしながら、鷲田さんの著書を読んだことがなく、知の縦横家とでも言うべき多彩な活動をしているこの人についてほとんど知らなかったので、まだまだ知らないことがたくさんあるなぁ・・と思った次第です。
いや恥ずかしい。

考えるということは「技術」であり、「技術」は再現できることである。
そこを超えたところは「芸術」の域に達する。

凡人の身として考えるのは「技術」の修練ですよね。

ただ、仮に「芸術」の域を目指すにしても、「技術」をないがしろにしてはいけない。否、技術の延長に芸術があるという感じもします。(まぁ、当たり前な話なんですが)

まだ読み中ですが、読了前に、鷲田小彌太さんという人物が面白く感じた本です。

おきてがみ

ちょっとだけ鬱にまつわるエトセトラ プロ指導者のえらいお言葉など

最近少し時間があるので(というか求職中なので)読書していることが多いです。
プログラマっていうかIT職って鬱とか休職とかメンタル的に死ぬ人が多い世界なんだから(ブラック企業やブラック組織が多いとも言う・・かも。頭脳労働なのでなおさらメンタル的に死ぬというか・・)リフレッシュ期間とか特例として認めてくれないかなぁ。
心療内科にかかる保険料と企業が払う保険料と勘案したら、一ヶ月のリフレッシュ休暇の有無で相殺できる、とかなら、アリの様な気がしないでもなく。

具痴はさておき。

吉田康弘さんの「組織で生き残る選手 消える選手」という本を、読み中です。


著者はサッカーJリーグの鹿島・清水・広島などで活躍し、今は指導者として活躍しておられます。
ただ、私自身サッカーに疎いのもあって、ご尊名は存じ上げませんでした。でも、30才後半まで活躍という、Jリーガーの中では比較的長いキャリアを経験しておられたそうです。
しかし、たとえば三浦知良選手のように、華々しいキャリアを持っているわけでもなく、ご本人曰く「(日本)代表入りすらしていないのに」長いことJリーガーとして活躍してきた、その極意のような物を語っておられます。

読み中なので、読後感想はまだ・・じゃなくて。

書かれている内容はそんなに難しくない、でも継続して実践するのは根気がいるし難しいなぁというのはありますね(笑)
・・と、そういう批判めいたことを書きたいわけではなくてですね。

私自身、こういう勝負師の世界に生きる方の作品というと、以下のような方の作品を読んできました。

・大山康晴(故人・将棋棋士)
・羽生善治(将棋棋士)
・谷川浩治(将棋棋士)と古田敦也(元プロ野球選手・監督)の対談
・野村克也(プロ野球選手・監督)
・落合博満(プロ野球選手・監督)(敬称略、著書名は面倒なので省きました。ごめんなさい)

上記の方々の著述に加え、今読んでいる吉田氏の物にしても、共通しているのは

・書かれている内容はそんなに難しくない、でも継続して実践するのは根気がいるし難しいなぁ

なんですよね。まぁ、後者に関しては、それが出来たからみんな厳しい世界で一流と呼ばれる人物になったのですが、そのとっかかりの方は、全て「簡単なこと」というのが私が今回言いたいことの一つです。
落合氏などは「物事の極意は全てシンプルに尽きる」と言い切っていたように思います。


結局の所そうなんですけれど、何故か我々の仕事であったり、自分のメンタルの問題は、難しい方向に進むんですよね。

笑い事ではないのですけれど、難しい方向に物事が進み出したら危険信号、というのは、ソフトウェア工学の、というかハッカー・ギーク系では常識化しているのですけれど、私の身の回りのどぶ板IT・システム開発業界では、まだまだその認知は先の世界のようです。

おきてがみ

あけましておめでとうございます。

2014年賀状


おきてがみ

うつにまつわるエトセトラ?回目 tumblrを使っていて思ったことなど

tumblrを自分の情報収集ツールとして使い始めて、もう2~3年位なるのですが、なかなか中毒性が高いですね。
そんなことをいうのも今更なんですが、多くのリブログ職人が「身体が溶けるような感覚」ということを書いていたりするのですが、そういうのも体感としてわかります。なんと言いますか、自分の考える事なんて、圧倒的な集合知の前には自分の考える事なんて、大したことないじゃん、という大きな壁にぶち当たる感じなんですね。

これを前に乗り越えようとするか、溶け込もうとするか。
tumblrもブログサービスなので、普通にブログとして書いてしまえばいいんですが、どうしても多くの人は、自分の言いたいことを代弁している「誰か」の言説をリブログして、それでひとつ落ち着いてしまう。
僕のような本来ブログや、その昔はHTMLでタグ打ちで文章を書いたりしていたということから考えると、それまでメーカーだった会社が、輸入代行業者・セレクトショップに転身したようなもんだったりしますね。
実際、tumblrを初めて触った時の嫁さんの意見は「セレクトショップやな」なんですが、なかなか言い得て妙だなと思ったもんです。

ただブログ書きをそれまでしていた自分として非常に困ったのは、自分が何かを書こうとするとき、そのバイアスがかかっているのでは?という気持ちに襲われることです。
もっとも、いくら自分の意見なんてものを書いたところで、それまで昔やっていた新聞ネタを元にした政治ブログなんてものだって、ソースとして新聞やニュースや2ちゃんねるがあったのですから、そのソース先がtumblrになっただけじゃん、ってお話でもあるのですが、何かを書こうとするたびに、tumblrに操られている感覚になるんですよね。それってtumblrで見たじゃん?みたいな。それくらいの巨大なデータベースという感じです。

とはいうものの、それを言い出すと、何も書けないんだよなぁ(笑)結局自分の日常を綴るしかないのか?とか考えてしまったりするわけですが。

ここ最近は体調はイマイチで、先週あたりは2週間で4日しか出勤できないとか、社会人としてどうよ?状態でしたが、こういうことを考えていることも一因にありそうです。身体にいい媒体か否か?という点では、自分にとっては身体にはよくないのがtumblrというツールなんでしょうねぇ。

他にも書きたいことはありますが、時間が遅いので、今宵はここまでです。

おきてがみ

10月になりました。。と言って、何か書くことがあるでもなく。

10月になったから、というわけでもありませんが、つらつらと書いてみます。

うちのブログというのは、昔から政治ネタだったり日々のネタだったり病気ネタだったり、写真だったり、まこと節操がないというか、一体何のためにやっているんだろうか?と思ったりもします。

ぶっちゃけ、竹島プロジェクトが無ければ続いていなかったかも知れないなーと思ってもいますが、そんなありきたりのこととは別に、たまーに発信してみたいという情報があるかも知れない!という窓口だったり、という感じですね。って何が言いたいのでしょうか。

最近の事に関して言えば、無理に何かをアウトプット以前に、この前半半年~9月中頃にかけては全くと言って良いほど何に関してもやる気も言う気も起きず、気がついたらオリンピックは決まってるわ消費税8%は決まってるわ、みたいな感じですね。
(その裏で「艦コレ」に夢中になっていたのは秘密として(笑))

でもとりあえずどういう方向に何かを書かねば、と思ったり。
8月の終わりに名古屋にふらふら電車に乗る旅行なんてものに行ったので、その時の写真でも編集しようかしら。

おきてがみ

憲法記念日なので

せっかくの憲法記念日なので、この文章でも載せておこう。
引用元は、レトリックの香西秀信先生の「論理戦に勝つ技術」から

断言しても良い、現行憲法が国民の上に定着する時代など永遠に来る筈はありません。第一に、「護憲派」を自称する人達が、現行憲法を信用してをらず、事実、守ってさへもゐない。大江(健三郎)氏は憶えてゐるでせう、座談会で私が、「あなたの護憲は第九条の完全武装蜂起だけでなく、憲法全体を擁護したいのか」と訊ねた時、氏は「然り」と答へた、続けて私が「では、あなたは天皇をあなた方の象徴と考へるか、さういふ風に行動するか」と反問したら、一寸考へ込んでから、「さうは考へられない」と答えた。記録ではその部分が抜けてをりますが、私はさう記憶してをります。或は氏が黙して答へなかつたので、それを否の意思表示と受け取つたのか、いづれにせよ改めて問ひ直しても恐らく氏の良心は否と答へるに違ひない。が、それでは言葉の真の意味における護憲にはなりません。

(福田恆存「当用憲法論」)



福田先生はもうすでに見切っておられたわけですね。護憲派というか、9条教というのが正しいですわね。

おきてがみ

read me!

唐突にですが、学生の頃からご多分に漏れず英語が苦手で、今でも得意という気持ちはありません。
しかし、言葉はあくまで意思伝達のツールである、という考えから、英語圏の人と話をするのは身振り手振りのいい加減の英語でもコミュケーションを取るのはむしろ好きだったりします。
仕事でもいわゆる技術英語を用いるわけですが、コンピュータの世界はむしろ直訳で英語がそのまま業界用語的になっているので、そこはそんなに困らなかったりするわけです。

まぁそれは枕として。

最近は娘が家にいる間に教育テレビなんかを見る機会が多くて「おさるのジョージ」と「ひつじのショーン」という作品を視ていました。
どちらも海外作品で、セリフなどは日本語訳がしてあったりするのは英語の知識はいらないのですが(特に「ひつじのショーン」はクレイアニメで、いわゆる擬音でセリフを表現するというアニメなので、日本語すら出てこない)
この2つを比べて見ていると興味深い。

ぶっちゃけたところ自分の気持ちを書いてしまうと「おさるのジョージ」に出てくるのは主人公のおさるのジョージのほか、周りの人間のあまりのアホっぷりに、むしろイライラ感すら覚えてくるのですが「ひつじのショーン」はひつじでありながら実に人間的に振舞ったり、主役のショーン以外にも(数少ない人間である)牧場主とか、牧羊犬のピッツァーがあるときは主人に尻尾を振って羊を追い回すかとおもいきや、牧場主がいないときはショーンとつるんでサボってたりなど、こういう人間臭さが実に面白かったするんですね。

この両者の作品を考えると「おさるのジョージ」はあくまで幼児向けの教育、「ひつじのショーン」は大人でも楽しめるユーモアを含んでいることがわかってきたのですが、前者はアメリカの作品、後者はイギリスの作品なんですね。

これは僕の偏見なんですが、イギリス人ってのは、どうしても作品なりに、毒ではないにしてもスパイスを混ぜないと気がすまないといけない人種なのかなぁ・・・と思ってしまいます。実際「ひつじのショーン」に関しては、常に主人公めでたしめでたしにならず、ドラえもんで言えばのび太が秘密道具を悪用して自業自得に陥るオチがたまにありますが、そんなエピソードも出てきます。「おさるのジョージ」では見られないですね。

どうも私のなかではそんなイメージがあります。英国人という人種に対して。偏見なのかなぁ。

話は再び飛んで、自分の学生時代のお話になります。
学生時代から浪人時代、暇つぶしにナブコフの「ロリータ」を読んでロリコンに目覚めた私ですが(ぉぃ 英語の勉強も兼ねて「ふしぎの国のアリス(Alice's Adventure in Wonderland)」を英語版・日本語版の両方を買って翻訳の勉強をしていました。
確かに「不思議の国のアリス」は、ルイス・キャロルことドジスンさんが当時5歳くらいの姪っ子向けに書いた作品なので、難しい単語は出てこず、文法的には難しいことはないので、単に目の前の文章を直訳するだけなら特別難しいということはないのです。
ただこれは英語や数学の知識の基礎ができていないと、作品としての面白さがまったくわからない(笑)

それは当たり前ですね。いわゆる言葉遊びが作品の面白さを支える重要なポイントなので、例えば一つの言い回しが文脈によっていろんな意味を持つとか、そういうところは大学受験生ごときでは難しかった記憶があり、ようする訳せるけれど意味がわからない状態になってしまうんですね。
例えるなら、谷川俊太郎さんの児童向けの有名な詩「いるか」

 いるかいるか      いるかいないか
 いないかいるか     いないかいるか
 いないいないいるか   いるいるいるか
 いつならいるか     いっぱいいるか
 よるならいるか     ねているいるか
 またきてみるか     ゆめみているか

を英訳してどう面白いのか?というのを考えるとわかりやすいかもしれません。

そして、こういう時に関しては、自分が英語の成績があんまり良くないというのは損をしているかもしれないなーと思う瞬間であったりします。

その究極のところが、僕が大好きなSPAMネタを扱ったモンティ・パイソンのネタですね。
ランチョンミートの「SPAM」のCMがくどいというのをパロディにしたモンティ・パイソンのスケッチですが、転じてインターネット上で鬱陶しいメール「SPAMメール」の語源になったのは多くの方が周知の通り。


さてこのネタは単にしつこく連発SPAMという単語といきなり歌い出すバイキングたちの奇行だけでも、言葉の意味がわからなくても楽しめるのですが、この「SPAM」という単語が「スパム」ではなくて「スパーム」と長く発音しているのがこのスケッチの裏の楽しみ方で、スパームと発音すると「speam」という意味になり、この単語を踏まえて同じスケッチを見ると「Lovely speam!!」だの「腸につめるのがどうのこうの」だの「スカンジナビア半島の先端からバイキングが・・」とかトンデモな内容になってしまうというのがわかります。

正直なところ、これのこの面白さがわかったときはショックでした。「英語まじめにやれば良かった!」(笑)

モンティ・パイソンのメンバーのエリック・アイドルなんて人は、言葉遊びの天才(のハズ)なので、このあたりの英語のヒアリングが出来る人が聴くと、たくさん面白いネタがいっぱい隠れているんだろうなぁと思うとくやしさを感じることを思います。

ま、それだけなんですけどねっ!

ちなみにタイトルの「readme.txt」は、フリーソフトなどでお約束としてマニュアルの役割を果たすテキストファイルによく付けられる定番のファイル名ですが、わかりやすくいいですね。これははるか昔、パソコンのファイル名が(拡張子抜きで)半角8文字時代の名残だと思いますが、直訳すれば「私を読んで」ですから、まぁ意図を伝えるにはよくできたファイル名だと思います。

この「readme.txt」」の元ネタですが、これは「不思議の国のアリス」の「drink me!」を元にしたのかなぁ・・というのが私の推測ですが、PC業界には、この手の「英語文化圏での教養」ってのが試される時がありますね。。学問としての英語は別にして、教養としての英語は理解できるレベルにしておきたかった。まさにトホホです。

おきてがみ

「符堅と王猛」のレビュー書きました。

最近時間がとれないな~という言い訳を埋めるべく(正確には書くネタが思いつかない・まとまらない)ので、久しぶりにレビューでも。

五胡十六国時代は中国史が好きな人間でも一度は心惹かれる千々乱れる世界は、日本の戦国時代に近いものを感じるからでしょう。
ですが、日本の戦国時代のように、おらが町の英雄がいれば、それなりに語ることもできましょうが(大阪生まれの僕には三好家とか微妙だなぁ・・・。高槻住まいの身としては高山右近か)中国でしかも五胡とあるように民族入り乱れてとなると、もう何が何やらですね(笑)




中国史上でもっともカオスな時期、晋末から始まる五胡十六国時代(魏晋南北朝時代)の人物を描くという意欲作。
作者の小前亮さんは、田中芳樹さんに勧められて中国史ものを上梓するという気鋭の作家です。

中国史好きでも、正直なところ、五胡十六国時代(最近は五胡という言い方が少数民族への配慮に欠けるということもあって、漢末の黄巾の乱~隋による統一までを魏晋南北朝時代という言い方をすることがあるみたいです)というのは、国ができては滅びで、血生臭さを感じる時代で、歴史を生き物として捉える想像力たくましい人たちにとっては、一度は興味がわく時代だと思います。

ただいかんせん、国ができては滅びできては滅び分裂し、を繰り返すので、国の名前・地域・人物を覚えるだけでも挫折してしまいます。(しかもそれらがどの民族で・・というような感じですので)
日本の戦国時代でも、織田信長が桶狭間で戦っているころ、一方薩摩の島津では、毛利では、東北の南部では・・・みたいなのを年表にするようなものなので、どこから手をつけていいのかわからないというのに陥ります。

その中で傑物といえる人物が本書で主役となる、符堅と王猛という人物。
そのなし得た業績だけを見れば日本の戦国時代で言えば、統一にもっとも近づきながら果たせなかった織田信長に擬することができましょう。

当作品の中では、五胡十六国時代の混沌とした時代の中期。時期でいえば4世紀末で、三国志の時代が終わる晋の天下統一から約100年後の時代になります。

符堅という人物は、漢民族を中華とみる史観からは「蛮族」の一つ・羌族という出身ながら、関中に秦(前秦)という強国を打ちてます。秦の当時の領域は、始皇帝擁する秦の領域に近い、長安の前後を領域とした土地で、符堅即位前は、北東は燕(黄河北部一帯を支配する鮮卑族の国)、南東は東晋(三国末の晋が江南に逃れて打ち立てた漢民族の国)に挟まれて苦戦しますが、徐々に富国強兵を行い、国力をつけていきます。

その際には、符堅は「中国の統一のためには、羌族だ漢民族だ鮮卑族だといった民族のことを考えていけない」という理想を掲げ、王猛という漢民族出身の宰相を得て、力を貯め、まずは朝廷の腐敗が進んだ燕を征服して行きます。
燕は鮮卑族の国なので、漢人の王猛としては付かず離れずの距離を保つことを主張しながらも、理想に邁進する秦王・符堅は鮮卑族といえど自分の意見はいつか理解してもらえると信じ、鮮卑族の有力者で将軍としてもすぐれた慕容垂を重用していく。

その後時代も下り、秦は中国のほぼ大半を掌中に収めます。東は燕の旧領から朝鮮半島の付け根まで、西はシルクロードの入り口に当たる涼州を治め、西南の四川は小さな勢力が小競り合いばかりで秦とまともに戦える勢力は無く、秦に近い民族と東晋に近い民族が入れ替わり立ち替わり争っている状況。

そして、残る大きな勢力として、江南にいる東晋を残すのみとなった時に、ここは漢民族の最後の砦だからうかつに攻めてはならないと主張する王猛と、漢民族といえど自分の民族融和の理想は国が安定すればわかると主張し東晋攻略に向かおうとする符堅。

そんな折、王猛は病を得て世をさり、抑えの効かなくなった符堅による南征が始まり、中国史上でも「赤壁の戦い」に比すべき歴史の大転換期となる「淝水の戦い」と呼ばれる十六国時代の最大の戦いが開始される・・。

話としてはそんなところで終わります。


小説ではどうしても、符堅という人物はとてもとても甘く、腹立たしいくらいの甘さを感じます。
反乱を起こしたものでも赦しては元の職にもどしてやるなど、覇者としてはどうなのか?と疑問もわきますし、始皇帝を支えた宰相李斯を思わせるような、万事法に照らすべしの王猛の方がよっぽどか筋が通っており、この二人が現実では馬があったのかが非常に謎でしょうがないのですが、仮にこの人間関係が本小説におけるフィクションだとしても、現に符堅・王猛のコンビは多くの難しい民族の対立を緩和させながら中国の大半を統一していったことも事実で(符堅死後は慕容垂も含めて鮮卑族も独立をし、五胡十六国後期と言われる戦乱時代が始まるわけで)符堅・王猛ともに、中国統一に王手をかけることができたのは、三国末の曹操を思わせる傑物といえるのは事実ではないかと思います。

この時代を理解するには、年表という骨に対して、小説という血肉を与えたという点で、作者にとっても難しい作品だと感じましたが、時代理解のための最初の楔を打ち込んだという点では、作者の視点に点数を上げるべきではないかと感じました。

おきてがみ

久しぶりに仕事が一段落したので

今週の頭に入って、やっとこさ一つ仕事が完結しそう。。。というところで、やっとこさぼちぼち自分の時間みたいなものが取れるようになってきました。
しかしながら、次の仕事の日程やアサインなどされていると、少しずつ逆算をして準備しておかないといけないこともあったりします。
加えて私生活も大変(とは言ってもピークの時期は過ぎた感じなので)なのですが、やっとこさ自分のペースを取り戻せるかなぁ。そして、どうにか自分のやりたいことのいくつかにむけて活動開始です。

ところで記事を失念してしまったのですが、tumblrに流れて着た記事の中に興味深いのがありましたので一つ。
なんでも最近のテレビなどの電化製品で中国韓国勢が押しているのは、日本の技術者が指導してきたことが原因の一つで「彼らは売国奴だ」的に呼ばれているということ。

これは開発の現場に携わる人間から言わせれば、どこまでエンジニアをバカにしたらすむのかなぁっていうお話。

これまた別の記事で見かけたのは、とある経営者の言葉で「エンジニアなんてモノさえ作れたらそれ以上なにも望んでいないんですよ」的なことを言ったというもの。

うん。確かにエンジニアという生き物は、ソフトであれハードであれ、システムを構築して完成させた瞬間に得られるアドレナリンというのは、麻薬みたいなもので、確かにあの達成感ってのは、経験者でしかわからないもの。ぶっちゃけたところ、はやぶさの映画をみたい程度で安っぽい共感&感動なんてされてもなぁ・・・という感じで。

確かにエンジニアという生き物は、システムを構築して完璧に近いモノを作ることは金銭で得られるモノ以上の何かがあるというのは確か。これはなので「モノさえ作れたら」云々発言はある意味で真実だと思う。

でもこれは諸刃の剣でもあると思うんですね。つまり「モノさえ作れりゃその会社じゃなくてもいい」し「日本である必要でもない」

今みたいに即戦力が求められて、会社もじっくり腰を据えて何かするでなくすぐ結果だけ求めて、育てようという土壌がないのに、忠誠心だけ求めたり、あげくに「売国奴」なんて笑止でしょうと。

前にどこかで書いたのですが、そういう意味では、エンジニアにモラルを求めるのは無意味だ、というのが僕の主張です。同じことをできるなら給料なり他のことを天秤に掛けてそちらに転ぶことにためらいを感じない。そういう土壌は今のエンジニア、特にIT系には多いと思います。
でも、これ、仕方ないんじゃないかな?ものづくりとか言っても、そのモノを作るのは誰やねん、って話になったときに、やっぱりそこに行き着くんですよね。また明日にでも時間があればぼやきを(笑)

おきてがみ

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Author:佐倉純
日本と桜の花と寝台特急「さくら」をこよなく愛する、そして最近カメラに目覚めたのんきなエンジニア。
日本の事を憂いてみたり、日々思ったことをまとめて、綴ったりしています。その合間に写真も撮っています。
ぜひゆっくりご覧ください。
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